“定義されない幸福” 自信がない人ほどファクトに基づいた行動を
――前野先生は2014年からRISTEX(社会技術研究開発センター)の「持続可能な多世代共創社会のデザイン」の領域アドバイザーを務めていましたが、今後、私たちが暮らしのなかで幸せを感じるためには、どうすれば良いのでしょう?
前野 個人が人生を自己決定でき、自分を取り巻く世界や他者との繋がりを感じられる社会であることが大切です。実際、ハーバード大学の研究機関が「1939~2014年にボストンで育った貧しい男性456人(グラント研究)」と「1939~1944年にハーバード大学を卒業した男性268人(グリュック研究)」の2つのグループを75年以上にわたって追跡した調査では、学歴や収入に大きな隔たりのがある両グループですが、最終的には
「良い人生は良い人間関係で形成されている」と結論づけられています。
――「大企業で年収1000万円」「SNSのフォロワー数10万人」といったような他者との比較による優越感では人生は満たされない?
前野 幸福学では、
幸福とは“人間関係の質(深さ)”で決まると言われています。まずは、こうしたファクトを知ることが重要です。
次いで、考え方や行動ですが、日本ではいまだに「正社員のレールに乗れば安泰」というような極めて狭い価値観が根づいています。
しかし、先の読めない社会ではリスクを取って人生を主体的に構築していく勇気が求められます。ですから、前時代的な狭い価値観を捨て、幼いまま大人になっても許される超過保護社会から脱却しなければなりません。幸福の定義が個人に委ねられている以上、自分なりの幸福の尺度を複数用意し、自己納得感や自己肯定感を高めていく必要があります。
――社会の調和を意識する集団主義的な側面も強い日本で、周囲や他者との比較から解放されるには、どうすれば良いのでしょう?
前野 難しい問題ですが、
自分なりの個性や強み、自信がない人ほど、周囲と比較しようとする傾向があります。しかし、そうした人が他者と比較すれば敗北感を味わうことの方が多い。だから、自分より下に思える人を見て安心しようとする。これでは、良い人間関係など生まれるはずもなく、幸福は逃げていくだけです。
ですからまず、特に若い人たちには
“打たれても出る杭”になるくらい尖って欲しい。自信がなくても、誰かのお墨付きをもらおうと卑屈になるより、自分らしさを磨いて欲しい。「玉ねぎのみじん切りなら誰よりも早い」「目覚ましなしで時間通りに必ず起きられる」といった、誰にもマウントを取らず、鼻につかずにクスッと笑えるような気楽な武器で、自尊心は十分に育まれていきます。
また以前、西日本でもっとも幸福度が低かった香川県でアンケート調査をしたところ、
他県に在住経験がある人は、県外に出たことのない人に比べて幸福度が高くなる傾向が見られました。世界が狭いほど、その狭い世界のなかで他者と比較してしまう。今、劣等感を覚えている相手や状況も、世界が広がればなんということもない存在だったりする。国内でも海外でも、住む場所や働く場所をリフレッシュしてみるのもひとつのアプローチです。そうして他者との比較ではなく自分の人生を生きられるようになれば、同じように自分の人生を生きる人と出会い、良い人間関係が生まれ、良い人生に近づいていくのではないでしょうか。
前野 隆司氏
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長も兼任している。大学での専門は、幸福学、幸福経営学、システムデザインなど。教育、組織、社会といったさまざまな視点から人々を幸せにするための研究を行っている。著書に、『なんでもない毎日がちょっと好きになる そのままの私で幸せになれる習慣』(WAVE出版・前野マドカ氏との共著)や『99.9%は幸せの素人』(KADOKAWA・星渉氏との共著)など多数
取材・文/谷口伸仁