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ドリフは「痛みを伴う笑い」か? 「ドリフに大挑戦スペシャル」が面白かったワケ

「体を張った笑い」が面白いワケ

 これを見てつくづく思ったのは、「体を張った笑い」が面白いのは、他人が叩かれたり、痛い目に合うこと自体が面白いのではなく、コントを演ずる者が、実に楽しげにじゃれ合っているから笑ってしまうのだ。お互い競い合って体を張っていくうちに、楽しくなって興奮していくのが見てわかる。
 今回最高だったのは、劇団ひとりアンタッチャブル柴田英嗣のコンビだ。試験勉強をする女子高生に扮した2人。「絶対寝ちゃだめだからね!」とのエクスキューズをした瞬間に、いびきをかいて眠ってしまう。目を覚まさせるために、頭を瓶で叩いたり、顔中に洗濯バサミを挟んで、一瞬で紐を引っ張ったり、鼻をクワガタに噛ませたりする。順番にそれを行っていくだけのコントだ。演じているうちに、2人とも興奮して本気で笑ってしまっている。また、その他のコントを演じた芸人たちも、ひとしきり「体を張って」どこか清々しさが漂っていた。

こんなに笑えるものを無くしちゃっていいの?

 芸人たちがこれほど楽しそうに演ずるものを「痛みを伴うことを笑いにするバラエティー」などと単純にひとくくりにして規制してしまって良いのだろうか? 「8時だョ!全員集合」(TBS系列)は視聴率40%を超えていた。多くの人に笑いを提供して、明日への活力を与えていた貴重な歴史を、頭ごなしに否定してしまって良いのだろうか? 何よりこんなに笑えるものをなくしてしまって良いのだろうか?  じゃれあいの喧嘩は、子供の遊びの基本だ。子供だけでなく犬や猫もそうだ。取っ組み合いながら、生き物はいろいろなことを学ぶ。その中には、どれだけやったら他人を傷つけてしまうかと言うことも含まれる。子供からじゃれ合いの闘争を奪ってしまったことと、首をかしげたくなるような極端な暴力事件が発生する現在の風潮は関係しているだろう。     それと同じように「痛みを伴うことを笑いにするバラエティー」を排除した場合、必ず社会に影響があるはずだ。もちろんその因果関係は証明できない。それどころか社会が失ったものすらぼんやりとしてわからないだろう。しかしそれは必ずとても大切なものであると思う。1968年生まれ。構成作家。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』をはじめ『ピエール瀧のしょんないTV』などを担当。週刊SPA!にて読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』、KAMINOGEにて『自己投影観戦記~できれば強くなりたかった~』を連載中。ツイッター @mo_shiina
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