「鬼平」役を断った中村吉右衛門さんが、引き受けた理由。その人柄をしのぶ
さようなら、鬼平ーー。2021年11月28日、歌舞伎俳優の中村吉右衛門さんが亡くなった(享年77)。歌舞伎になじみがない人でも、テレビ時代劇『鬼平犯科帳』(原作:池波正太郎)のファンは多いだろう。吉右衛門さんは1989~2016年と、17年も主役を努めた。
その吉右衛門さんについて、著書『鬼平犯科帳の真髄』、『鬼平犯科帳を極める』(共著)などがある里中哲彦さんに、寄稿してもらった(以下は、文:里中哲彦さん)。
鬼平こと長谷川平蔵のモデルは、吉右衛門の実父・八代目松本幸四郎(のち初代松本白鸚)である。原作の鬼平は「小肥りの、おだやかな顔貌で、右の頬に、深いふかい笑くぼが生まれた」と形容されている。
吉右衛門によれば、原作に描かれる長谷川平蔵に実父の立ち居ふるまいを見いだすことができるという。「ふだんの生活で見せる身ぶりやしぐさというより、舞台での立ち居ふるまいですね。原作を読んでいると、舞台での実父が目に浮かびます」。さらに続けて、「おだやかな笑みを浮かべることはありましたけど、残念ながら、笑くぼは生まれませんでした」と笑う。
こうしたこともあって、TV「鬼平犯科帳」は幸四郎を主役に配して一九六九年十月に始まった。吉右衛門はこのとき、長男・辰蔵役として出演している。原作者の意図を読み取った「幸四郎の鬼平」は見事であった。足かけ三年、九十一本を撮って幕を下ろした。高齢になった幸四郎の体調を考慮してのことだった。
幸四郎が退いてのち、原作者・池波正太郎は「次の鬼平は吉右衛門に」と白羽の矢を立てた。鬼平を演じてみないかというのである。しかし、吉右衛門はこれをきっぱりと断わった。「まだ若いから」というのが辞退の理由であった。吉右衛門、三十半ばのころの話である。
しばらくの時を経て、吉右衛門は再度の打診を受ける。しかし、そのときも吉右衛門は首を横にふった。つまり、かたちとして吉右衛門は鬼平役を二度にわたって断わったわけである。鬼平をやるにはまだ芸が熟していない。そう自戒してのことだった。
はじめは「鬼平の長男」役で出演
「鬼平は吉右衛門に」という原作者の指名を2度断った
池波正太郎ファンを自認する河合塾英語講師。英語関連の多数の著書のほか、『鬼平犯科帳の真髄』『鬼平犯科帳の人生論』がある
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