仕事

プロピアニストの道を難病で挫折。故郷・淡路島で見つけた新たな「夢」

親が自己破産、離婚。家庭は完全に崩壊

 さらに追い打ちをかけるかのように、父親が不動産投資で億単位の負債をかかえて自己破産。そして両親は離婚。母親はショックのあまり、家に引きこもってしまった。 「高校生の頃から経済的に裕福ではなかったのですが、ついに、という感じでしたね。そこからは学費や病気の治療費もおばあちゃんに頼るようになりました。一時退院してから、財布を見ると千円だけしか入っていなくて、いつもみたいにおばあちゃんを頼りました。でもまさかの援助を断られてしまったんです。もう絶望でした」  一時退院はできた。しかし祖母の援助もなくなり、学費や生活費、治療代を稼がなくてはならない。メイさんは神戸の繁華街・三ノ宮でホステスをはじめた。  膠原病の投薬を続けながらのアルバイトのため、お酒は飲めない。それでも、メイさんの個性的で明るいキャラクターが客から好評を得た。次第に指名してくれる客も増えた。学費も賄えるようになっていった。  一時は弾くことをやめていた大好きなピアノ。生活に余裕が出てくると、再び弾くようにもなっていた。  しかしある日、鍵盤から鍵盤へ指を動かそうとしたときに、一瞬、手が震えた気がした。何かの勘違いだと思った、というより、勘違いであってくれと心から願った。  だがそれは、膠原病の治療薬であるステロイドの副作用だった。もちろん薬の服用をやめるわけにはいかない。メイさんは自分の思い描く演奏が出来なくなった。  スピード、正確性、タイミングなど、完璧な演奏ができなければ、プロではない。「なぜこんなにも自分は不幸なのか」と悩み、苦しんだ。メイさんは唯一の心の拠り所を失ってしまった。

最後のリサイタルで自分なりのけじめ「人生が終わっても悔いはない」

オーダーメイドの衣装

オーダーメイドの衣装に身を包んだリサイタル当日のメイさん

 大学3回生の夏、ピアノを弾くことに限界を感じたメイさんは決断した。 「3回生になると私の通っていた学校ではピアノのソロリサイタルが開催されます。そこで全力で演奏して、人前でピアノを弾くことはやめようと」  リサイタル当日、オーダーメイドのドレスに身を包んだメイさん。壇上でゆっくりと演奏をはじめた。  静まり返った館内。観衆が固唾をのんで見守る中、メイさんの奏でる「エステ荘の噴水」が響き渡った。気づけば、母親だけでなく、水商売での客や、病院の担当医までが客席にかけつけてくれていた。 「最後に『ロミオとジュリエットの組曲』を弾き終わると、人生が終わっても悔いはない、それぐらいの気持ちでした。演奏中は、最後まで手はしびれないでね、と心の中で願っていましたね」  命を懸けた43分間の演奏は無事終わった。 「リサイタルまで必死で練習しました。当日に着るドレスも自分でデザインを決めてフルオーダーメイドにしました。絶頂の時に夢をあきらめよう、そう自分の中で決めていたんです。だから、これで大学も退学することにしましたね」
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夢をあきらめた「その後」
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兵庫県南あわじ市出身のライター。主に淡路島に住む人や珍しい物にフォーカスを当てて取材や執筆活動をしています。 Twitter:@nogi0000awj
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