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コミュ力の高い人が、実は使っている「対人想像力」の正体/齋藤孝

相手が「セクハラだ」と感じればセクハラになる

手のひらで拒否の意思を示す女性

写真はイメージです

 セクハラも同様です。当人が普通に会話をしていたつもりでも、もし相手に、「セクハラだと感じました」と言われたらセクハラになってしまうことがあるのです。ある女性社員とはごく普通の会話として成立していても、別の女性社員にとってはセクハラだと思われてしまうかもしれません。  私も以前は学生の飲み会に誘われて参加していましたが、コロナ禍前くらいから機会がだんだん減っていったような気がします。もちろん忙しかったりいろいろと理由はあるのですが、ハラスメントのリスクがあるというのも一因です。よく知っている間柄同士でも危険性があるのに、あまり知らない人たちが集まる飲み会ならば、それ以上に注意が必要です。  授業中はもちろんですが、大学ではハラスメントを疑われる可能性のある言動は絶対にしません。けれども飲み会というのは和気あいあいとしていて、場の空気を和ませるためにお互いに軽口を叩き合ったりするものです。「で、どうなの? みんな彼氏とか彼女とかいるの?」くらいの会話は問題ないようにも思えます。しかし、聞かれた学生に、「絶対に触れられたくないところに触れられた」 「傷ついてトラウマになり、先生の授業には出られなくなった」などと言われてハラスメントになるかもしれません。そういうことを想像すると、危なくてもう自分から恋愛の話はできません。  近年では、とりわけ女性に対する差別発言が許されない時代になっています。「男女を区別する」ということ自体がすでに差別と指摘されることもあります。「女性が多い」「女性ならば」「男性ならば」といった言い方自体が問題になることもあります。  私たちはパワハラやセクハラと思われる言動を避けるために、まずは、「こうした言動はパワハラやセクハラと思われるかもしれない」ということに気づく必要があります。そのためには、これを言ったら、これをしたら、「相手はどう思うだろうか」と想像力を働かせて、された相手がどういう反応をするか、事前に想定した上で、発言したり、行動したりしなければならないのです。

対人関係がうまくいかない原因

 対人関係がうまくいかない原因はいろいろあると思います。相手もあることですので、一般的には「ウマが合わない」「性格の不一致」「生活のすれ違い」などの言葉で片づけられてしまいがちです。  ただ、そうした言葉が対人関係がうまくいかない原因を的確に言い表しているかというと、どうもそうではないように思えます。  もう一段階、深掘りして考えてみると、それは相手への理解が足りなかっただけなのかもしれません。  では、そうした相手への理解の不足はどうして起こったのかと考えると、想像力が足りなかったことが主な原因であると考えられます。「もし自分が相手の立場であったならば」 とか、「こういうことを言われたら相手は嫌がるだろうな」ということが分からない人というのは、やはり想像力が足りないと言わざるを得ません。 『論語』の中に、「己の欲せざる所は、人に施すこと勿れ」という言葉があります。  これは、「ただ一つの言葉で一生かけて行う価値のあるものはありますか」と、弟子から質問された時の孔子の返答です。孔子はまず、それは「恕」であると答えます。恕というのは、思いやりのことです。そしてこの思いやりをより分かりやすく説いたのが、「己 の欲せざる所は、人に施すこと勿れ」なのです。  自分がされたくないことは、人にしてはならない。自分に湧き起こる嫌な感情を鏡にして、人の気持ちを想像し、行動しなさいと孔子は述べたわけです。孔子は、約2500年ほど前の人ですが、このことは今でも人間関係の基本だと思います。  特定のビジネス分野では、人の気持ちを顧みずに突き進んでも成果を上げる人がいるかもしれません。俗に「人の痛みが分からない人」で、「サイコパス」的だと言われるような人です。医学的には「反社会性パーソナリティ障害(Antisocial Personality Disorder =ASPD)」と診断され、患者は個人的利益や快楽のために違法行為、欺瞞行為、搾取的行為、無謀な行為を行い、良心の呵責を感じないという特徴が挙げられます(「MSDマニュアル プロフェッショナル版ウェブサイト」)。  そういう人は例外として、一般的には家庭や集団に属して社会生活を送る私たちにとって、他人の気持ちが分かる、相手の考えをきちんと理解できる方がいいのは言うまでもありません。  また、この対人想像力は、現代のSNS全盛時代には必須の能力になります。現代のコミュニケーションは対面に限らず、SNSを通じたコミュニケーションも含まれます。SNS上での不用意な投稿が、大変な問題発言になり、炎上する時代です。  自分の投稿が一般に公開されているということ、そして、それを目にした人がどう思うか、それらを想像できていない人には、炎上事件は起こり得ます。  炎上事件を起こさないためには、そもそもSNSをやらないか、やるのであれば想像力を用いて未然に防ぐしかありません。もしこうした投稿をしたら、こう受け取る人がいるかもしれない、そうしたらこういうクレームが来るのではないか、と想像力を働かせて、数手先を読むのです。
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とにかくまずは想像してみる
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もっと想像力を使いなさい

人間関係も、仕事もうまくいく

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