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アメリカの警察官になった日本人女性が“命の危機”を感じた瞬間「いきなり後ろから襲われて、首を絞められ…」

 英語も話せないまま18歳で渡米し、紆余曲折の末にロサンゼルスで警察官になった女性がいる。 「34歳のシングルマザー」という不利な条件を押しのけ、警察学校の試験に合格したのは、現在もアメリカの警察官として働いている永田有理さん
永田有理さん

永田有理さん 
YouTubeチャンネル「警察官ゆりのアメリカ生活」より

 インタビュー前編では、アメリカで警察官を目指すことにしたきっかけや、警察学校に合格するまでの過酷な生活などについて伺った。  今回は引き続き、警察学校での日々と、晴れて警察官になってからのエピソードをお届けする。

入学初日でプライドがズタズタに

——仕事を辞めて猛勉強し、晴れて警察学校に合格。なにもかもハッピーと思ったら、そこからも大変だったそうですね。 永田有理(以下、永田):すでに貯金を使い果たしていたのですが、アメリカの警察学校では給料が出ます。そのおかげで生活面では助かったのですが、入校初日から過酷な試練が待っていました。 ——そのときのエピソードを教えてください。 永田:これは入学初日のことです。スーツ姿の約70人の同期と一緒に、何が起こるかわからないまま10分ぐらい立たされていたところ、いきなりドアが開いて警察学校の人たちが大勢入ってきました。そして1人に3人ぐらいついて、罵声を浴びせてくるのです。私も、「お前、女のくせに何やってんの?」「お前、ここでやっていける?」「チビだし、老けてんな」など、さんざん言われました。 それから、彼らは入学に必要な書類を持ってきまして、その100ページぐらいの紙が宙に放り投げられ、「今すぐこれ拾え」と命令されたのです。おまけに、スーツを着たまま、泥土の地面で走らせられ、スーツはたちまち真っ黒に汚れまして……。こうして、みんなのプライドがズタズタになり、その日のうちにやめてしまう人もいましたね。

軍隊顔負けの過酷な日々…

——まるで、昔の軍隊のようですね……。2日目からはどのような感じでしたか? 永田:初日は序の口で、次の日以降も、似たような厳しい世界が待っていました。肉体的な訓練だと、腕立て伏せを200回以上するのは当たり前。ただ「完全に止まらなければOK」というルールなので、腕がプルプルして限界に近くても、途中から形が崩れても、必死で続けていました。一応、その気力を買ってくれますが「お前できてないじゃないか」とかボロクソに言われます。連帯責任もあって、誰かがうまくいかないと「クラス全員、腕立て伏せ100回追加」と言われることもありました。 ——それは過酷ですね……。警察学校ならではの訓練はどういったものがありましたか? 永田:最初の1ヶ月は、ずっとこんな感じでした。とにかく辛い訓練もあって、教官にテーザーガンで撃たれて感電するとか、目に催涙スプレーをかけられて死ぬような思いをするなど……。一生記憶に残るツラい目にも遭いました。その後、訓練と通常の授業にくわえ、ペーパーテストを含めた試験が1日に3回もあったんです。ちなみに、合格しなかったら即クビになります。 ——テストにはどういった問題が出るのでしょうか。 永田:自分としては、瞬時に判断するテストが一番難しかったです。例えば、強盗の模擬訓練で自分が先に撃つべきかとか、高速度のカーチェイス訓練でどちらに曲がるか、といった問題がありました。
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すべての誘惑を断ち切って警察学校を卒業
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ライター、写真家、ボードゲームクリエイター。ちょっとユニークな職業人生を送る人々が目下の関心領域。そのほか、歴史、アート、健康、仕事術、トラベルなど興味の対象は幅広く、記事として書く分野は多岐にわたる。Instagram:@happysuzuki

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