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フワちゃんの“プロレス復帰”は本当に正解?過去にプロレスで再出発した「3人の有名人」の“その後の人生”

 11月7日、女子プロレス「スターダム」の後楽園大会に、昨年8月からタレント活動を休止していたフワちゃんが電撃登場。プロレスラーとして再スタートを切ることを宣言し、12月29日の両国国技館大会で再デビューが決定した。  フワちゃんの復帰の場について、さまざまな噂をされていたが、プロレスラーとして表舞台に立つことを選んだと知って、私は「その手があったか」と膝を打った。

過去の不祥事を飲み込む「プロレス」という舞台

 プロレス界の度量は大きい。「悪名は無名に勝る」という下世話なまでのバイタリティーは、プロレスの最もプロレスらしい部分だ。また、どんな者でも受け入れることができる包容力も、プロレスが持つ際立った魅力の一つだと思う。これまでも、多くの人間が不祥事の後の復帰の舞台として、プロレスを選んできた。  狂言師の和泉元彌は、2000年初頭ワイドショーで激しいバッシングの対象になっていた。彼は「和泉流二十世宗家」を名乗っていたが、能楽協会はそれを認めず、協会側と和泉家の対立が表面化。和泉家は「和泉流二十世宗家和泉元彌」を商標登録出願した。  その結果、和泉元彌と母・節子さんは能楽協会を除名処分となった。除名の理由として、和泉元彌のダブルブッキングや、公演のドタキャンや遅刻が報じられたことが挙げられる。和泉親子は世間から悪者と見られるようになった。

和泉元彌が選んだ“プロレス復帰”の道

 その騒動が収まりきっていなかった2005年、和泉元彌はプロレス団体「ハッスル」大会に参戦した。過去のバッシング報道を逆手に取って遅刻したうえに、ヘリコプターで登場。試合では、必殺技「空中元彌チョップ」で勝利を収めた。  母の節子率いる「セッチー鬼瓦軍団」も登場。「セッチー鬼瓦せんべい(6枚1000円)」は当日10分で完売した。

イメージ刷新で新たな転機に

 プロレス出場について、和泉元彌は「『プロレスをナメている!』とか色々言われましたが、試合後は最高なエンタメだと1万5千人の観客の皆様から拍手を頂きました」「いろいろな意見や見え方もあったと思いますが、なんとなくその後から『和泉さんにしかできない、何か楽しいことをやってくれるよね』という感じのことは言われるようになりました」と述べている。  当然、この試合にはマスコミが殺到し、大変話題になった。プロレス参戦によって彼に対する世間のイメージが変わり、“新たな転機”のひとつになったことは確かだろう。
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泰葉の“ハッスル参戦”も大きな話題に
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1968年生まれ。構成作家。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』をはじめ『ピエール瀧のしょんないTV』、週刊SPA!にて読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』などを担当。KAMINOGEにて『自己投影観戦記~できれば強くなりたかった~』を連載中。Xアカウント @mo_shiina

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