【将棋電王戦第5局観戦記2】「わからない」から面白い。この一局は将棋の魅力に満ちていた

 本来「脇システム」は、先手から角を交換して一手損をする代わりに、先攻して一気に勝ちきるという戦法だ。しかし、本局は三浦八段が少しひねった指し方をして角を交換せず、「GPS将棋」が先に攻め始めるという展開になった。これで、電王戦では全局コンピュータが先攻し、プロ棋士側がカウンターを狙う形になったことになる。これは攻めっ気が強い(または「無理攻め」を怖がらない)というコンピュータの性質と、それを見透かしたプロ棋士側の思惑が一致した結果とも言えるだろう。

 三浦八段は55手目▲6七金のように、金銀をグイグイと前に進出させる。将棋用語で言うところの「駒の厚み」で相手の攻め駒を圧迫して押し返すような方針だ。定跡形であり、最初から「入玉」を狙っているわけではないという違いはあるが、おおまかに言えば『第1回 将棋電王戦』での米長邦雄永世棋聖が採用したのと似た戦略とも言える。ノーミスで完封勝ちになるか、一気に攻め切られてしまうかのどちらかになりやすいため、いかに「脇システム」に精通している三浦八段といえども、まったく気は抜けない。

 一方の「GPS将棋」は、56手目△8四金のように、プロ棋士でもにわかには意味がわからない、気づきにくい、指しにくい、怪しげな手を短い考慮でくり出してくる。そこでプロ棋士たちが継ぎ盤で検討してみると、難しいが攻めは切れなそうだ。ということをくり返しているうちに、「脇システム」なら三浦八段がなんとかしてくれるだろうという空気は、次第になくなっていた。

「正直なところ『GPS将棋』が好きなように指している感じで、ひとつもミスできない三浦八段が苦しい展開だと思います」(阿部光瑠四段)

 この日の控え室は、これまで以上の報道陣とプロ棋士たち、そしてコンピュータ関係者・開発者でごった返し、あちこちに置かれた継ぎ盤では、三浦八段の活路を見出そうと、何かいい手はないかと熱心に検討が行われていた。

 たとえば、先崎学八段が先手側を、「GPS将棋」とのトライアルマッチ(http://nikkan-spa.jp/403267)に見事勝利し100万円をゲットした細川大市郎氏が後手側を持った継ぎ盤では——

「うーんダメだ。あなたに勝てないようじゃダメなんだよな。『GPS将棋』に勝ったの? それは失礼しました(苦笑)」(先崎学八段)

 たとえば、広瀬章人七段が先手側を、「ponanza」開発者・山本一成氏が後手側を持った継ぎ盤では——

「これで行けますか?」(「ponanza」開発者・山本一成氏)

「うーん。参りました(苦笑)」(広瀬章人七段)

 継ぎ盤から目を上げると、塚田泰明九段が気を使ってクーラーのスイッチを入れようとしていた。東京大学の情報教育棟もかくやという控え室の熱気は、局面がのっぴきならないことを告げていた。「GPS将棋」開発者の竹内聖悟氏まで、コンピュータの読み筋(※)を見ながら検討に参加している。考えても考えても、わからない。三浦八段に活路はないのか。

※1 「GPS将棋」の思考のログは、開発者用の管理画面以外にも、専用のページやTwitterにて、リアルタイムで公開されていた。
http://gps.tanaka.ecc.u-tokyo.ac.jp/gpsshogi/index.php?%C2%E82%B2%F3%BE%AD%B4%FD%C5%C5%B2%A6%C0%EF

 筆者は、もちろんプロ棋士側を応援していることは言うまでもない。しかも、局面は明らかに三浦八段が苦戦している状況だ。それなのに、不思議に心地良いような、楽しい気分が胸の内からわき起こっているのを感じていた。第2局では佐藤慎一四段の敗戦に大きなショックを受けて、記者会見で頓珍漢な質問を投げかけてしまったような人間なのに、である。

 将棋ファンとして、たくさんの関係者に混じって電王戦の現場に参加しているというミーハー心や優越感からであろうか? 違う。「GPS将棋」が優勢でコンピュータ関係者の雰囲気が明るく、それに引っ張られているのか? それも違う。そもそもコンピュータ関係者も人間であり、将棋ファンが多く、取材していても、むしろ「GPS将棋」に絶対に勝ってほしいという人は、開発者本人たちを含めても少ない印象だった。

 では、なぜ私は、いま、こんなに不謹慎なまでに楽しいのか。コンピュータ関係者も楽しそうなのか(※2)。よく考えてみれば、簡単なことだ。この控え室が、将棋そのものの奥深さや面白さに満ちているからだ。もちろん、将棋には勝ち負けがあり、対局しているのが誰なのか、誰を応援しているのか、というのも観戦する上では非常に大きな要素なのだが、いまここにいる私にとっては、それ以上に、この将棋を見ているが楽しいのだ。当たり前だが、みんな将棋が大好きなのだ。

※2 プロ棋士たちは、さすがに楽しそうとまでは言えないが、検討を通して「GPS将棋」の底知れない強さに納得するような表情が多かったように記憶している。

 もちろん、本局が極めて難しい、最高水準の将棋であることも理由のひとつだ。三浦八段の指し手に、すぐにそれとわかるようなミスはない。むしろ「GPS将棋」のほうが、少し強引な仕掛けだったはずだ。プロ棋士同士の対局でも、竜王戦や名人戦などタイトル戦の番勝負では、控え室の棋士たちもわからない、ひょっとすると対局者すらわからないような難しい局面が現れる。対局後数週間経って、一度出た結論が覆るようなこともある。「わからない」ということは、将棋にとってネガティブなことではない。「わからない」からこそ、面白いのだ。

 最終盤になって、ニコニコ生放送の画面に表示されている「ボンクラーズ」の評価値(※)が、いきなり乱高下した。「何かいい手あるの?」「あ、戻った」「盛り上げるなあ(苦笑)」と声が上がる。「GPS将棋」の評価値は、自らの勝勢を示したまま変わっていない。もう、あの楽しい「わからない」局面は消え失せてしまった。控え室の熱は次第に冷えていく。

※第4局に登場した「Puella α」とほぼ同バージョン。

 三浦八段はゆっくりとグラスに注いだ水を飲み干す。18時14分、103手目の局面で三浦弘行八段が投了。『第2回 将棋電王戦』第5局は「GPS将棋」が勝ち、団体戦としての対戦成績も3勝1敗1引き分けと、コンピュータ側の勝ち越しとなった。

「どこが悪かったのか、自分の形勢判断に誤りがあったのか、まだわかりません」(三浦八段)

⇒【続き】「電王戦」に見る勝負を超えた意義

◆第2回将棋電王戦 特設ページ
http://ex.nicovideo.jp/denousen2013/

<取材・文/坂本寛 撮影/林健太>

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