第23回 世界コンピュータ将棋選手権【決勝観戦記2】
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https://nikkan-spa.jp/438664 そのとき起こったのは、おおよそ次のようなことである。 まず194手目の局面で、「GPS将棋」の詰みルーチンを担当するマシンは「△7六銀打」で詰みと読み切っていた。しかし、残り時間が切迫し、10秒以内で強制的に思考を打ち切って次の手を指すモードになっていた「GPS将棋」のマスタープログラムは「△7八銀打」を選んでしまった。 さらに「Bonanza」が水平線効果(※)で無意味な手を連発している内に、ほかの詰み筋も生じたのだが、時間がなくなった「GPS将棋」は、それを選ぶこともできなかった。800台を超えるクラスタ構成が、完全に仇となってしまった形だ。おそらく「GPS将棋」が1台だったら、あるいは途中から開発者が指したとしても起こらなかった大波乱である。 ※ コンピュータはクラスタを使っても、あらゆる局面を読めるのは20数手先までが精一杯で、そこから先は水平線の先のように、まったく見えなくなる。したがって、コンピュータは自分の王様が詰む局面が見えたとき、負けは確定していても、それを少しでも先延ばしにして水平線の先になるよう、持ち駒の続く限り無意味な王手をかけ続けるというクセがある。 「担当マシンが詰みを発見した場合に、マスタープログラムがその手順を記憶する仕組みになっておらず、1手指すごとに思考をやり直させて、その結果を待つんです。おそらく時間が切迫して、返事を待てずに別の手を指してしまった。秒読みがあるルールだった電王戦から日が浅く、切れ負けルールに対する準備不足。私のミスです」(「GPS将棋」開発者・金子知適氏) 「選手権は毎年レベルアップしていて、『GPS将棋』もほかのソフトもとても強くて、決勝は本当にサイコロを振るようなものだと思います。今回は、たまたま『Bonanza』にいい目が出たということかと(苦笑)」(「Bonanza」開発者・保木邦仁氏) 『第23回 世界コンピュータ将棋選手権』は、優勝が「Bonanza」、2位「ponanza」、3位「GPS将棋」、4位「激指」、5位「NineDayFever」、6位「ツツカナ」、7位「習甦」、8位「YSS」という最終結果になった。終わってみれば3位以上はすべてクラスタ化した複数台構成のマシンを採用したソフトとなったが、個々の対局は一発勝負で、採用した戦型によって展開も変わる。たとえば「習甦」は「Bonanza」と「NineDayFever」に勝っているが「YSS」に負けている。ほんの少しの違いで決まった部分も多いはずだ。 もちろんプログラマーたちは、そのサイコロでいい目が出やすいよう、毎日のように確率や統計データ、棋譜やソースコードとにらめっこしながら選手権のこの日を迎えるわけで、軽々しく「運がよかった」と言うことはできない。それもまた実力という文化なのは、コンピュータも人間も同じだろう。「Bonanza」優勝の重みは変わらない。 選手権は来年もある。将棋の本当の強さは何度も対局してみて初めてわかる。これもコンピュータと人間で同じだろう。来年また電王戦が開催され、願わくば渡辺明竜王と「Bonanza」のリターンマッチが実現し、本当の決着がつくまで何年も続いてほしいと願っている。 <取材・文・撮影/坂本寛> ※ 5/14発売『週刊SPA!』「エッジな人々」では、渡辺明竜王のインタビューを掲載「電王戦には出たくない」。 詳細⇒ https://nikkan-spa.jp/438491
【付記】
◆西尾明六段 VS リスナー全員
http://voteshogi.hotcom-web.com/wordpress/
選手権で見事「独創賞」を獲得した「大合神クジラちゃん」の開発者・えびふらい氏による企画。ニコニコ生放送リスナーが専用ツールを用いて指し手を投票し、プロ棋士・西尾明六段と対戦する。対局するのは「大合神クジラちゃん」ではないので、一応は人間対人間の対戦だが、これも非常に独創的な企画だ。
◆ponanza in 将棋倶楽部24
http://mtmt-blog.com/?p=5872
選手権で2位となった「ponanza」がネット対局場「将棋倶楽部24」に登場し、腕に覚えのあるプレイヤーの挑戦を受けるという企画。現在のところ並み居るアマ強豪を相手に88勝4敗、強さを示すレーティングの数値は過去最高の3453点にまで到達。4敗した相手はTwitterのあの人や覆面のプロ棋士ではないかとも噂されている。将棋記者・松本博文氏のブログでは、5月17日に渡辺明竜王の自宅にて、「ponanza」開発者・山本一成氏、「Bonanza」開発者・保木邦仁氏を交えた解説生放送が予告されている。
◆第23回 世界コンピュータ将棋選手権
http://www.computer-shogi.org/wcsc23/
https://nikkan-spa.jp/438664 そのとき起こったのは、おおよそ次のようなことである。 まず194手目の局面で、「GPS将棋」の詰みルーチンを担当するマシンは「△7六銀打」で詰みと読み切っていた。しかし、残り時間が切迫し、10秒以内で強制的に思考を打ち切って次の手を指すモードになっていた「GPS将棋」のマスタープログラムは「△7八銀打」を選んでしまった。 さらに「Bonanza」が水平線効果(※)で無意味な手を連発している内に、ほかの詰み筋も生じたのだが、時間がなくなった「GPS将棋」は、それを選ぶこともできなかった。800台を超えるクラスタ構成が、完全に仇となってしまった形だ。おそらく「GPS将棋」が1台だったら、あるいは途中から開発者が指したとしても起こらなかった大波乱である。 ※ コンピュータはクラスタを使っても、あらゆる局面を読めるのは20数手先までが精一杯で、そこから先は水平線の先のように、まったく見えなくなる。したがって、コンピュータは自分の王様が詰む局面が見えたとき、負けは確定していても、それを少しでも先延ばしにして水平線の先になるよう、持ち駒の続く限り無意味な王手をかけ続けるというクセがある。 「担当マシンが詰みを発見した場合に、マスタープログラムがその手順を記憶する仕組みになっておらず、1手指すごとに思考をやり直させて、その結果を待つんです。おそらく時間が切迫して、返事を待てずに別の手を指してしまった。秒読みがあるルールだった電王戦から日が浅く、切れ負けルールに対する準備不足。私のミスです」(「GPS将棋」開発者・金子知適氏) 「選手権は毎年レベルアップしていて、『GPS将棋』もほかのソフトもとても強くて、決勝は本当にサイコロを振るようなものだと思います。今回は、たまたま『Bonanza』にいい目が出たということかと(苦笑)」(「Bonanza」開発者・保木邦仁氏) 『第23回 世界コンピュータ将棋選手権』は、優勝が「Bonanza」、2位「ponanza」、3位「GPS将棋」、4位「激指」、5位「NineDayFever」、6位「ツツカナ」、7位「習甦」、8位「YSS」という最終結果になった。終わってみれば3位以上はすべてクラスタ化した複数台構成のマシンを採用したソフトとなったが、個々の対局は一発勝負で、採用した戦型によって展開も変わる。たとえば「習甦」は「Bonanza」と「NineDayFever」に勝っているが「YSS」に負けている。ほんの少しの違いで決まった部分も多いはずだ。 もちろんプログラマーたちは、そのサイコロでいい目が出やすいよう、毎日のように確率や統計データ、棋譜やソースコードとにらめっこしながら選手権のこの日を迎えるわけで、軽々しく「運がよかった」と言うことはできない。それもまた実力という文化なのは、コンピュータも人間も同じだろう。「Bonanza」優勝の重みは変わらない。 選手権は来年もある。将棋の本当の強さは何度も対局してみて初めてわかる。これもコンピュータと人間で同じだろう。来年また電王戦が開催され、願わくば渡辺明竜王と「Bonanza」のリターンマッチが実現し、本当の決着がつくまで何年も続いてほしいと願っている。 <取材・文・撮影/坂本寛> ※ 5/14発売『週刊SPA!』「エッジな人々」では、渡辺明竜王のインタビューを掲載「電王戦には出たくない」。 詳細⇒ https://nikkan-spa.jp/438491
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