「日本の高校野球は狂気的」済美・安楽の敗退に安堵する米国人記者【第95回甲子園】
熱戦が続く第95回全国高校野球選手権。大会最注目右腕の済美高校・安楽智大投手は17日、延長戦の末に花巻東高校に敗れ、3回戦で姿を消した。
延長10回、183球の熱投実らず大粒の涙を流した安楽。そんな16歳の姿を、海の向こうから胸を撫で下ろして眺めている人々がいる。
準優勝を収めた今春のセンバツ大会、安楽は9日間で5試合に登板し、計772球を投げた。世間が新たな怪物の登場に湧く一方、高校生の“投げ過ぎ”を問題視する声が、日本のみならずアメリカ各地でも上がったことは記憶に新しい。
アメリカの野球界は、とにかく投手の球数にセンシティブだ。「投手の肩は消耗品」という考え方が広く浸透しており、若い投手の投球過多は将来の故障リスクを高めると考えられている。そのためアメリカでは、小学生のリトルリーグですら投手の投球数が管理されている。
米国最大のスポーツ専門ケーブル局『ESPN』のスタッフは今年5月、わざわざ愛媛まで足を運び、済美高校と安楽を取材した。日本独特の高校野球文化と球数に対する考え方をテーマに、特集番組を制作したのだ。特集では“Nagekomi(投げ込み)”や”Kaibutsu(怪物)”といった、日本野球特有の文化があることが紹介された。
そして迎えた夏の甲子園。アメリカのスポーツメディア関係者は今、再び日本の球児たちに視線を注いでいる。
米Yahoo!スポーツのジェフ・パッサン記者は、アメリカ野球界を代表する論客だ。13日に安楽が今大会初登板を終えた翌日には早速、「10代のスーパースター、狂気的な球数、国民的行事 夏の甲子園が帰ってきた」と題した記事で、日本の高校野球に警鐘を鳴らした。
「大人は子供の将来のために存在するのであり、才能を潰してはならない」。長年、野球選手の代理人を務めている団野村氏は以前、日本の高校野球は『児童虐待』だと話している。
記事では、現役メジャーリーガーのボストン・レッドソックス田沢純一、上原浩治らのコメントも紹介されている。
「自身は甲子園のマウンドに立つことのなかった田沢は『高校球児にとって究極の夢なのです』と話した。田沢は今やメジャー屈指の中継ぎ投手であり、リーグで最高のチームでプレーしていながら、未だ甲子園に憧れを抱いているようだ。日本における夏の甲子園大会は、アメリカにおけるNFLスーパーボウルや、MLBワールドシリーズに匹敵する特別なスポーツイベントなのだ」。
日本のプロ野球を経ずにメジャーリーグへと飛び込んだ田沢は、高校生に球数制限を設けることに賛成派のようだ。一方、渡米前に巨人で10年間を過ごした上原は「高校で投げ続けた後も健康を保ちプロで成功している選手もいる」と指摘している。
高校時代の投げ過ぎがその後のキャリアに悪影響を及ぼすと一概には言えないとして、パッサン氏が例に挙げているのが、今オフのメジャー移籍も噂されている田中将大(楽天)。甲子園で大活躍した田中はプロ入り後も異次元の活躍を見せている。一方で、田中と共に甲子園を湧かせた斎藤佑樹(日本ハム)が、現在故障に苦しみ2軍で燻っていることも紹介されている。
パッサン氏はまた、高校時代の投球過多の影響を考える事例として、松坂大輔(クリーブランド・インディアンス)とダルビッシュ有(テキサス・レンジャーズ)の両投手についても言及している。
「松坂はかつて甲子園で1試合250球投げて完投し、プロに入って以降も333球の“投げ込み”を行うなどしていた。一方のダルビッシュは、アメリカでの生活経験を持つ父により、高校時代から酷使され過ぎることのないよう管理されていた。その結果はご存知の通り(ダルビッシュはメジャー屈指の先発投手に成長し、松坂は相次ぐ故障の影響でマイナー暮らしが続いている)」。
もっとも、両者のキャリアが明暗を分けた理由を球数だけに見出すことは難しい。投球フォームや日頃のコンディショニングなども、選手生命に大きく影響する。また、今でこそマイナーで燻っている松坂も、現在のダルビッシュの年齢時にはメジャーのローテーションを1年守り切った。そして、今後ダルビッシュが故障しないという保証もないのだ。
冒頭で紹介した『ESPN』の特集が、日本の高校野球文化を肯定も否定もせず比較的フラットな目線で紹介しているのに対し、パッサン氏は結論として「このようなこと(高校生が9日間で772球も投げること)は二度と起こるべきでない」と、否定的見解をハッキリと主張している。同氏は、春の選抜大会直後の4月上旬にも「若い投手を壊す日本野球の信念」と題して、日本の高校野球文化に批判的な記事を執筆している。
済美高校の上甲正典監督は「日本の高校野球に球数制限はそぐわない」と、球数制限の必要性を問う周囲の声を一蹴している。もし済美が今夏も勝ち進んでいたら、球数論争はさらに加熱していただろう。
<取材・文/スポーツカルチャー研究所>
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