無謀なまでの完徹23時間!「将棋電王戦リベンジマッチ」観戦記2

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将棋電王戦リベンジマッチ

74手目△1二玉の局面図:日本将棋連盟モバイル(http://www.shogi.or.jp/mobile/)より

「夜食休憩」明けに習甦が指したのは74手目△1二玉。電王戦の生みの親である故・米長邦雄永世棋聖の名前を冠した「米長玉」として知られている形だ。相手の攻め駒から1手分遠ざかって、その1手の差を活かして先に攻めようということである。この1手を見て、菅井五段は大長考に沈む。

 おそらくこの局面は、△1二玉よりも価値の高い手がある。逆に言えば、最善手以外の手を指せば、難しい、もしくは負けになる。しかし何を指せばよいのか難しすぎてわからない。そんな局面だと、菅井五段は考えたのではないだろうか。記者の棋力では見当もつかないが、少なくともニコ生のPonanzaは▲2二歩と歩を1枚犠牲にして、寄った王様を元の位置に戻すことで菅井五段が良くなる(+169)と言っていた。

 プロ棋士たちの間では、同じように「米長玉」をやり返す▲9八玉や、王様の逃げ道を開ける▲9六歩、少し悠長だが相手の玉に近い歩を突いて攻めを見せる▲1六歩などの候補手が上がっていた。実は習甦自身は、角でねらわれている金を逃がす▲7六金を挙げており、それで自分が悪いと考えているというウワサ話も記者の控え室には入ってきていた(※)。

※記者の控え室で検討していた開発者の竹内氏は、この時間は席を外していた。

 はたして、どれが正解だったのか。この後のプロ棋士たちの研究を待たなければ厳密なことは定かではないが、菅井五段の指し手は75手目▲9六歩。この1手に2時間23分の考慮である。ここからは、まさに死闘と呼ぶにふさわさしい拮抗した攻め合いだった。

 Ponanzaの評価値は▲9六歩以降、習甦がよいと示していることが多かったが(※)、菅井五段が体をよじり、絞り出すように1手を放ち、しばらくPonanzaが考えると菅井五段の方に少しずつ振れるというような展開で、ほぼ互角。終盤の攻め合いで、これほど局面が拮抗していることは珍しい。普通なら、どちらかがミスして形勢が傾いてもおかしくない。しかも時間は大長考の間に午前0時をとうに回っている。

※菅井五段は駒損しながらの攻めだったので、コンピュータ的には実際以上に評価値が悪い方に出やすい。したがって厳密には互角以上、菅井よしだった可能性もある。また点数的には拮抗していたが局面は終盤なので、わずかの数値の変化から一気にどちらかに傾きやすい状況だった。

 局面はとにかく難しい。人間もコンピュータも、何者もどちらが勝つかなどわからない。菅井五段はたったひとり、地下室でのたうち回るように考え続けている。午前4時の「早朝休憩」明け、記者は撮影のために対局室に入った。すると、相手がいない対局だからということもあるのだろうか、菅井五段が盤に向かってブツブツと独り言をつぶやいているのが聞こえる。

「ボケが!」
「集中!」

 記者ができることは、できるだけすみやかに撮影を済ませて、そそくさと退散するだけだ。何人たりとも寄せ付けない空気がそこにあった。

 大長考のあと、それまで菅井五段のほうが多く残していた持ち時間は、とうに逆転している。習甦は△1二玉のときに30分ほど長考した以外は、機械的(あるいはマイペース?)に、ほぼ均等に時間を使いながら指している。午前6時を回ったころには、菅井五段の持ち時間はあとわずか。午前7時の「朝食休憩」までなんとか持ちこたえて、そこで休みの1時間をフルに使って自分の勝ちを読みきれる展開になれば……。控え室に残った数名の記者たちも、みな祈るように画面を見つめる。

将棋電王戦リベンジマッチ

112手目△2二馬の局面図:日本将棋連盟モバイル(http://www.shogi.or.jp/mobile/)より

 6時半ごろ、ついに菅井五段が大駒の馬を切っての攻めを決行する。Ponanzaの評価値が菅井よしに振れ始める。ニコ生のコメントはチャンス到来かとにわかに沸き立つ。何か勝ちがあるかもしれない。112手目△2二馬の局面で「何か勝ちに行く手を見つけたい」と語るニコ生の解説の瀬川晶司五段は、▲4三金から千日手にもできそうと指摘している。この時間の千日手は引き分けで指し直しはナシのルールだが、ここまで来て引き分けねらいは、菅井五段としてはやりづらいだろう。

 対局を観戦していた糸谷哲郎六段は、Twitterで▲2四歩を指摘。しかし、菅井五段が指した手は▲3二飛成。もうあとには引けない、さらに過激な1手だ。6時52分、菅井五段は持ち時間を使いきって1分将棋になる。動きと声が大きくなる。「朝食休憩」に入ることは、もうほぼ確定している。駒台に残った駒を次々と敵陣に打ち付ける。

 しかし結果的には、この▲3二飛成ですでに勝負は決まっていた。

「(直前までは)手応えがあったんですが、寄るかどうかわからないまま▲3二飛成から寄せに行って。行かないで(自陣に)駒を貼られる展開になるとマズイなと思ったので……ちょっと焦ってしまいましたね」(菅井五段)

 この▲3二飛成は敗着となった。菅井五段の攻めは切らされ、豊富な持ち駒で攻めかかる習甦。8時30分、習甦の144手目△7九銀を見て、菅井五段が投了。『電王戦リベンジマッチ 激闘23時間』は、菅井五段のリベンジならず、習甦の勝ちとなった。

将棋電王戦リベンジマッチ

投了直後のニコ生。文字通り刀折れ矢尽きるまで戦った菅井五段には温かい拍手コメントが

「指せそうなところもあったけど、よくわからなかったです。大舞台ですごくいい経験にはなったと思いますが、悔しいじゃ意味がないので、今後にどう活かせるかだと思います。前回は攻め合う姿勢を見せられなかったので、それだけでもと思いましたが、やはり結果が伴わないとダメですね。もっといい将棋にできたのにというのは思います。勝負どころでしっかり読めなくて差をつけられてしまったので、自分の弱いところがよくわかったという感じです」(菅井五段)

 記者は「振り飛車」ではなかったことについても水を向けてみた。

「振り飛車のプロを目指しているわけではないので。オールラウンダーで、いろいろ指せるのがプロ棋士かなと。それだけですね」(菅井五段)

 個人的に「振り飛車党」である記者にとっては少し残念ではあるのだが、これもひとつのプロ棋士の生き方だ。意外だったのは、この言葉だ。

「前回は習甦が指す手を調べて、それを研究するという形だったんですが、あまり自分の身にはならなかったし。結果が出てないのにこう言っても仕方がないのですが、習甦の手で習甦に勝っても仕方がないので」(菅井五段)

 つまり今回の「矢倉」での「棒銀」は勝ちを優先した習甦対策というわけではなく、自分が指したい手を指して勝つことを目指したということになる。菅井五段は「振り飛車」でこそなかったが、やはり前回と変わらず真っ向勝負だったのである。

 今回もまたコンピュータの勝利に終わり、ネット上では、いよいよ人間はもう勝てないのではないかという空気が蔓延している。しかし、そもそも人間にとって過酷な超長時間の連続対局で、これほど拮抗し、勝ちもあるのではという局面を作りだした菅井五段の強さを認めない者はいないのではないか。

「100%で敗れたなら120%で闘うまで」という自らの言葉をそのまま実行し、死闘を演じた菅井五段に対し、それを見た者は何をもって報いるべきか。コンピュータは強い。それは当たり前だが、人間が勝てないから電王戦はもうつまらない、やる意味がないなどとは、口が裂けても言えないだろう。

 率直に言って、今回の菅井五段は、先日最終回を迎えた将棋マンガ『ハチワンダイバー』の主人公・菅田が開眼した「将棋あほ」を体現したような存在だった。『ハチワンダイバー』の監修者である鈴木大介八段が本局の立会人だったのは、何の因果であろうか。

将棋電王戦リベンジマッチ

立会人の鈴木八段と感想戦をする菅井五段

 終局後の菅井五段は、それまでとは打って変わったスッキリした表情だった。少し悔しさをにじませながらも、どこか楽しそうに鈴木八段と感想戦をしている姿は、そのままニコ生でも中継されていた。この対局を夜通し見た将棋ファン、最後まで居残ってこのシーンを見つめたプロ棋士、開発者、スタッフ、関係者、そして自分を含めた記者たちも、もうみな「将棋あほ」だ。意識が朦朧とした状態でそんなことを考えながら、記者は真夏の朝の将棋会館をあとにした。

◆電王戦リベンジマッチ 激闘23時間 | ニコニコ動画
http://ex.nicovideo.jp/denou/revenge23/

◆ニコニコ23時間テレビ
http://ex.nicovideo.jp/23htv

<取材・文・撮影/坂本寛>

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