更新日:2022年07月02日 09:47
エンタメ

アジア初上陸「クラシックとクラブ音楽の融合」を実現したDJジェフ・ミルズの偉大なる挑戦

 クラシック音楽とクラブ・ミュージックの融合――それは一見すると水と油、或いは遠く離れた天体のようにも思える。そんな異色のコラボレーション・コンサート『爆クラ!Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~』が3月21日、渋谷・Bunkamuraオーチャードホールで開催された。 ⇒【写真】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1081384 爆クラ!Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~ 今回タッグを組んだのは、日本が誇る名門である東京フィルハーモニー交響楽団、そしてデトロイト・テクノのパイオニアであり、80年代から先鋭的な活動を続けるDJ/プロデューサーのジェフ・ミルズ。約10年前から、彼が欧州各地の交響楽団と共に実現してきたプロジェクトが、本邦初上陸となった形だ。ミルズに触発される形で、同様のコラボレートを試みるアーティストも出てきている。 爆クラ!Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~ ここ日本では、ベルリンを拠点とするハウス/テクノDJであるヘンリク・シュワルツが2013年に築地本願寺(!)を舞台とし、国内の若手演奏家27人により編成されたオーケストラと共に繰り広げたコンサート「ヘンリク・シュワルツ・インストゥルメンツ」が記憶に新しい(当日の模様は音源化されている)。  さて、アジア初上陸となった2部構成の公演「第1部」の幕開けを飾ったのは、アラム・ハチャトゥリアン作曲によるバレエ組曲『ガイーヌ』からの1曲「レズギンカ」。指揮は栗田博文が務める。同組曲では「剣の舞」が有名だが、この「レズギンカ」はコーカサス地方の伝統的な舞踏をモチーフとしていることもあり、より土着的なうねりと焦燥感あるグルーヴがホールに響いた。 爆クラ!Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~ 踊りのための音楽、<体感する音楽>というクラシックの一つの側面を明らかにしてみせるような演奏が終わると、今回のプロジェクトをプロデュースしたエディター・湯山玲子氏が登壇。「二つの音楽の間には、公演のタイトルにもなっている、<時間>と<音響>、そして<宇宙>という共通項が横たわっている」という湯山氏の解説の後に呼び込まれたのが、現在ロシアを拠点に活躍するピアニスト・反田恭平だ。21歳の若さにして既に輝かしいキャリアを積んでいる俊英で、今年1月のデビュー・リサイタルでは、2000席のサントリーホールをソールドアウトさせた、というエピソードからもその一端がうかがえるだろう。 爆クラ!Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~ そんな反田の独演で披露されたのが、武満徹『遮られない休息Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』そしてラヴェル『水の戯れ』。昨年のデビュー・アルバムでは、超絶技巧で有名なリストの楽曲を取り上げていた反田だが、和音の「間」により独特のアンビエンスを生み出す武満ならではのトーンも見事に描き出す演奏だった。打鍵時に発せられる音が空間に溶けて消えるまでの、「時間」を観衆は強く意識しただろう。  そして、その感覚を更に過激に拡張する楽曲が準備されていた。ジョン・ケージ『4分33秒』。余りにも有名な、“何も演奏されない”沈黙の三楽章が東京フィルによって奏でられる。しかし、この日のオーチャードホールは満員。一つの空間に2000人もの人間が集まっていれば、咳払いや椅子のきしみ、衣擦れの音など、様々な音があちこちで鳴るものだ。かくいう筆者も、一切音が鳴らない無響室で己の血流音が聴こえた際にこの作品の着想を得たというケージ宜しく、自分のお腹がグルグル鳴りはしないかと緊張しながらステージを見ていた。恐らく、あの場にいた誰しもが似たような心境だったのではないだろうか。 爆クラ!Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~ 4分33秒の時間が経ち、観客席を向いた指揮台の栗田が一礼すると、拍手喝采が沸き起こる。楽器の響きが無くとも、静寂の中に揺らぐ微かな音のざわめきで満ちた空間が、確かに共有されたと思わされる瞬間だった。それはクラシック的であると同時に、クラブ的な体感でもある。『4分33秒』とは、地続きの現実から切り離された「音」の場を作り出す、時空の結界のような装置なのではないか?  第1部の最後を飾ったのは、オットリーノ・レスピーギ作曲による交響詩『ローマの祭り』より「主顕祭」。ケージの沈黙から一転、祭りの狂騒をイメージさせるパワフルなストリングスとホーン、リズムが迫る。ワルツやポルカの感覚をクロスオーバーさせミックスしていく構成からは、DJ的な感性も読み取れる。 爆クラ!Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~ 20分のインターバルを挟んで第2部が始まり、遂にジェフ・ミルズがステージに現れる。長身の痩躯をシャープなダークスーツで包んだミルズと共に東京フィルが打ち鳴らしたのは、『Where Light Ends(光が終わる場所)』。宇宙飛行士であり、現在は日本科学未来館の館長を務める毛利衛との対話にインスパイアされたミルズが作り上げた、長尺の交響曲だ。宇宙をテーマにしたクラシックとしてはホルストによる華麗な『惑星』が有名だが、ミルズの音楽は硬質で無機的。  その題名のとおり、光の届かない宇宙の暗黒を描こうとするような、重い音の塊が荘厳に折り重なっていく。この楽曲を初めて聴いた時、毛利は「正直、宇宙で聴きたいものではないと感じました。なぜなら、宇宙ではむしろ自分が地球にいたことを感じられるような安心感を得たいからです。彼の音楽は、まさに宇宙そのものを表現していました」と感じたという。コンサート当日、客席からジェフの演奏を見ていた毛利は、そこで何を感じただろうか。 爆クラ!Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~ ラスト2曲には、90年代にミルズが作り上げたテクノの古典が選ばれた。まずは『Amazon』。デトロイト・テクノのみならず、エレクトリック・ミュージック全般に多大なる影響を与えた重要なユニットにしてレーベル、アンダーグラウンド・レジスタンス(UR)による楽曲だ。ミルズとマイク・バンクス(マッド・マイク)により創立されたURでは、他にも『Hi-Tech Jazz』や『Jupiter Jazz』といったタイトルが広く知られている。 爆クラ!Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~『Amazon』はアマゾンの環境保護を訴えるために制作された一曲。そのメッセージ性と、ダンス・ビートの中にもソウルフルなメロディーが顔を覗かせるスタイルには、デトロイトという街で継承されてきたブルースやジャズ、或いはモータウン・サウンドといった、ブラック・ミュージックのDNAが息づいている。そんな楽曲がオーケストラによりアップデートされ、空気を震わすティンパニのビートと繊細な旋律を紡ぐ弦楽の調べが痛烈に迫る、コズミックなサウンドに生まれ変わった。アメリカの地方都市で誕生した音楽がクラシックと邂逅し、宇宙にまで接続されていくダイナミズムに、音楽というアートの可能性が示されていた。 爆クラ!Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~ “狂宴”の最後を飾ったのは、クラブ・ミュージック史に燦然と輝くアンセム『The Bells』。これまでにアナログ・レコードのセールスが50万枚を超える、ミルズ最大のヒット作でもある。鐘の音とシンプルな電子音のリフ・ループにより構成されたミニマルなこの楽曲が、マリンバと弦のユニゾンを主体とした構成に変貌。クラブさながらの重低音を響かせるミルズのリズム・セクションと相まって、音で満たされたスリリングな空間が構築される。脳が踊りだすような感覚。圧倒的な演奏に対し、シートに座りながらも身体を揺らし、大きな歓声で応える観衆。『4分33秒』がそうであったように、クラシック的であり、同時にクラブ的でもあるこの光景に、本公演のエッセンスが凝縮されているように思えた。 爆クラ!Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~ ミルズが主催するレーベルのコンセプトのひとつに「未来の音楽ではなく、未来を考える理由を制作している」というものがある。思考と身体を震わす音楽。終演後、湯山氏は次回の開催に対する強い意欲を見せてくれた。わたしたちは、その“未来”が待ち遠しい。 <取材・文/北村篤裕>
Where Light Ends

ジェフ・ミルズと毛利衛による最強宇宙コラボ


爆クラ! VOL.01 CLASSIC RAVE

クラシックの名曲たちをクラブ仕様の耳で聴く試み

おすすめ記事