更新日:2023年05月24日 15:27
エンタメ

みのもんた、波瀾万丈すぎる芸能人生 快進撃から転落、引退まで

テレビの歴史には確かに「みの時代」があった

 3月26日に放送された日本テレビ系列『秘密のケンミンSHOW みのさん大慰労会SP!!』をもって、みのもんたが芸能界を引退した。「みのもんた祭り」を謳った特番は、みのもんたのC調ぶりが遺憾なく発揮された2時間で、ただただ笑えた。
みのもんた

みのもんた「敗者の報道」(TAC出版)

 番組はいきなり、石原ゆうたろうの小道具のような巨大なブランデーグラスを持った、みのの過去映像からスタート。桜吹雪が舞い散るスタジオ映像に切り替わり、冒頭のあいさつを終えたみのもんたは、おもむろにパネラー席に座る橋本マナミに近づき、彼女の頭髪に付いたままの、ひとひらの桜の花びらを取ってあげた。周囲の「やさしい~」の声も消えぬうちに、みのは花びらをぱくっと食べてしまう。このベタベタなサービス精神こそみのもんたの真骨頂である。  アナウンサー出身のタレントで、芸能界の「天下をとった」と言えるのは、みのもんた1人だった気がする。  2004年、2005年の芸能人長者番付第1位。高額納税者の発表はこの年で打ち切られており、実際は、この後数年間はみのもんたの首位が続いていただろう。『みのもんたの朝ズバッ!』(TBS系列)と『午後は○○おもいッきりテレビ』(日本テレビ系列)を掛け持ちで担当していた時は、平日は毎日午前5時半~8時半までの生放送を終えたあと、局を移動して12時~13時55分までの生放送をこなし、「一週間で最も長時間、テレビの生番組に出演する司会者」としてギネスブックにに認定された。それと同時にゴールデンタイムにも超人気番組を何本も抱えていて、テレビの歴史には確かに「みの時代」があった。  みの以外のアナウンサー出身のテレビスーパースターは、久米宏、古館伊知郎、徳光和夫だろうか。しかし、みのもんたの売れ方は、彼らと比しても桁違いだった。そんな、みのもんたはかなり雑草育ちだ。彼の経歴は、映画化希望の波瀾万丈の物語である。
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快進撃から一転、セクハラ騒動、息子の不祥事で……
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1968年生まれ。構成作家。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』をはじめ『ピエール瀧のしょんないTV』などを担当。週刊SPA!にて読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』、KAMINOGEにて『自己投影観戦記~できれば強くなりたかった~』を連載中。ツイッター @mo_shiina

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