ライフ

“近代日本の象徴”だった名作レトロ建築の世界。爆破解体された「朝鮮総督本庁舎」を写真で振り返る

明治以降、日本は欧米の様式と技術を急速に取り込み、数多くの絢爛豪華な近代建築を建てたが、取り壊されもう二度と見ることができなくなったものも多い。その代表格が、日本がソウルに建てた破格の規模を誇る名建築「朝鮮総督府本庁舎」だ。負の歴史遺産として爆破解体される2年前に撮影した貴重な写真とともに、撮影時のエピソードを、『もう二度と見ることができない幻の名作レトロ建築』(扶桑社)の著者で、これまで2,500棟余りの近代建築を撮影してきた建築写真家・伊藤隆之さんに解説してもらった。

破格の規模を誇る古典主義の名建築

朝鮮総督府本庁舎外観。建坪2,134坪、ドーム頂部の高さ54.5mの大建築だった

朝鮮総督府本庁舎は、横浜や神戸の居留地で活躍していたポーランド系ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデによって設計された。 しかし、建設中にラランデが病没したため、その後は朝鮮総督府営繕課の野村一郎や国枝博を中心に建設が進み、総建設期間15年という歳月と総工費636万円、現在の価値で約254億円という巨費を投じて、大正15年に朝鮮総督府本庁舎は竣工した。

意外にも、すんなりと許された館内の撮影

大理石による床のモザイク模様、正面の動きのある造形が特徴のバロック仕様の階段など、3層吹き抜けの中央大ホールは圧巻だった

私の初の海外旅行先はソウル。その目的は、「朝鮮総督府本庁舎」の撮影だった。訪れたのは「朝鮮総督府本庁舎」が負の歴史遺産として爆破解体される2年前の1993年。 当時、「朝鮮総督府本庁舎」は韓国の国立中央博物館だったので、館内に入るのは問題なかった。大胆にもアポなしで大判カメラを持ち込んだが、警備員からはとくに何もいわれなかった。 おかげで予想を超える立派なインテリアを撮影できた。展示物の撮影でなかったのが幸いしたのかもしれないが、貴重な写真を残すことができた。

古典主義様式の重厚なドームが印象的な大官庁舎建築

大ドームを頂いた外観は、古代ギリシャやローマの作品を規範とする古典主義を基調にしており、建物全体を覆う花崗岩はソウル市郊外で産出したものだ。
次のページ
もう見ることができない、絢爛豪華なインテリア
1
2
1964年、埼玉県生まれ。早稲田大学芸術学校空間映像科卒業。舞台美術を手がけるかたわら、日本の近代建築に興味をもち写真を学び、1989年から近代建築の撮影を始める。これまでに撮影した近代建築は2,500棟を超え、造詣も深い。これまで、『日本近代建築大全「東日本編」』『同「西日本編」』(ともに監修・米山 勇 刊・講談社)、『時代の地図で巡る東京建築マップ』(著・米山 勇 刊・エクスナレッジ)、『死ぬまでに見たい洋館の最高傑作』(監修・内田青蔵 刊・エクスナレッジ)などに写真を提供してきた。著書には『明治・大正・昭和 西洋館&異人館』(刊・グラフィック社)、『看板建築・モダンビル・レトロアパート』(刊・グラフィック社)、『日本が世界に誇る 名作モダン建築』(刊・エムディーエムコーポレーション)、『盛美園の世界』(刊・名勝盛美園)がある。
記事一覧へ
もう二度と見ることができない幻の名作レトロ建築 もう二度と見ることができない幻の名作レトロ建築

日本・満州・朝鮮にかつてあった

43の傑作近代建築がいま甦る

おすすめ記事