習甦、完勝。決め手「評価関数」の改善にあり【第1局観戦記・後編】
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昼食休憩後、菅井五段の35手目▲6八角への応手△5四歩で、いよいよ開戦。歩や銀の交換、飛車や角の位置を変えながらのつばぜり合いだ。ここまでは菅井五段も習甦も互角。しかし、終盤が正確で序盤のみ多少穴があるといわれるコンピュータ相手に序盤で差をつけることができなかったことは、少し不安材料とも言える。
ここで習甦が本局のキーポイントとなる一手を放つ。50手目△4六歩打。実はこの手は、控室も菅井五段本人も予想していなかった一手だ。歩をタダで取らせるかわりに菅井五段の飛車を釣り上げ、盛り上がった金銀の「厚み」で捕まえてしまおうという構想だ。かといって、これを取らないで放置しておくこともできない。このあたりから雲行きが怪しくなってくる。
菅井五段は自分の飛車が取られるまでの間に、習甦の王様周辺の金銀の「厚み」を少しでも突き崩そうと果敢に攻めるが、削った厚みはすぐに再生。あまり役に立っていなかった飛車も「厚み」に参加させるなど、方針も一貫している。つけいるスキがまったくない。
そしてついに、菅井五段の飛車が完全に捕まってしまう。習甦が作り上げた「厚み」に、菅井五段の美濃囲いが完全に押しつぶされてしまったような格好だ。こうなっては、さすがのプロでもどうにもならない。20時20分、菅井五段が投了。『第3回 将棋電王戦』第1局は98手で習甦の勝ちとなった。
菅井五段に大きな悪手はなかったが、習甦が手厚い指し回しで少しずつ優勢を積み重ね、結果的に菅井五段に何もさせないまま勝ち切った。まさに完勝といっていい内容だった。
「菅井先生はファンの期待にこたえて早くから振り飛車宣言をされ(対コンピュータ専用の作戦を用意するのではなく)あえて厳しい戦い方を選ばれた。そうしたことで習甦の勝つ確率が上がり、今回たまたま勝てたのだと思います。菅井先生の高い志をたたえたいと思います」(「習甦」開発者・竹内章氏)
「(本局は)あまりいいところがありませんでした。習甦は中終盤がすごく正確で、総合的に見て(自分より)強いのかなと感じました。普段とは違う環境でのプレッシャーはありましたが、対局が始まってしまえば、いつもどおりだったかなと思います。今回の経験を今後の棋士人生に活かせるよう、がんばっていきたいと思います」(菅井五段)
一般的に将棋ソフトは、特定の局面で先手と後手のどちらがどれだけ優勢かを点数化するための「評価関数」と、特定の局面からどの手の分岐を枝刈りするか/優先的に読むかという「探索アルゴリズム」から構成されている。習甦は昨年の『第2回』のバージョンと比較すると、この「評価関数」の部分が2倍の規模になっているという。
もちろん、プログラムの規模が大きくなり、ハードウェアが同じなら、全体の動作速度は遅くなる。したがって、昨年より1秒間で読める手の数は、むしろ減っているという。しかし「評価関数」の改善によって、より正確に局面を把握できるようになったことが、本局の習甦の勝因といえるだろうか。
ちなみに、菅井五段は対局後の記者会見で習甦と約200局もの練習対局を行ったと話していたが、ニコニコニュースに掲載された先崎学八段の観戦記(※)によれば、結果は菅井五段の95勝97敗。ほぼ五分五分といっていい星取りだ。「たまたま勝てた」という竹内氏の話にも納得である。
※第3回 将棋電王戦 第1局 観戦記(筆者・先崎学)
http://news.nicovideo.jp/watch/nw995987
本局はあまりに見事な習甦のワンサイドゲームで、今後の電王戦の展開に不安があったが、これなら第2局以降にも十分期待が持てる。しかも第2局は、将棋界屈指のスベり芸キャラで知られる「スベってるほうのサトシン」こと佐藤紳哉六段と、怪しさ満点の関西人・磯崎元洋氏が開発した「やねうら王」の、ある意味ネタキャラ対決である。将棋はもちろん真剣だろうが、盤外でも楽しい対局となることは間違いない。と思われたのだが——
⇒続き「炎上を経て「電王戦第2局」開催へ 顛末と見どころをチェック」
https://nikkan-spa.jp/609460
◆将棋電王戦 HUMAN VS COMPUTER
http://ex.nicovideo.jp/denou/
<取材・文・撮影/坂本寛>
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