日本人なら“のれん”を守れ

「のれん論」

<文/佐藤芳直 連載第10回>  “ブランド”という言葉に当たる日本語を探すと、“のれん”という言葉になるだろうか。私は以前から「のれん論」ということを言ってきた。私たち日本人は、長い歴史の中で、どのようにしてのれんを築き上げていくか、「あそこののれんなら間違いない」と言われる企業になるか、ということを考えてきた。  「ブランド戦略」という言葉がある。「こういう風にすればブランドってものはできるんですよ」といろんな本が出ており、我々も「ブランドをどう作るか」などとつい口にしてしまう。だが、そもそもブランドというものは、“作る”ものではなく“作られる”ものではないだろうか。「お宅の会社もいいブランドになりましたね」と言われるのはいい。しかし、「うちのブランドは……」とは言ってはいけない言葉ではないかとさえ思う。  これはのれんも同じである。もちろん社内で、「私たちののれんとは何だろうか?」ということを共有するのは大事だと思うが、「いやー、ウチののれんはね……」と語ったら、これは全く鼻持ちならない言葉である。やはり、「あそこののれんはね……」と語ってもらうべきものであろう。とするならば、やはり私たちは日々の営みを積み重ねるという愚直さの中で、のれんを創っていくべきなのではないだろうか。

のれんをつくるには100年の営みが必要

 なぜ私が“百年企業”というものにこだわってきたかというと、強いのれんを創ろうとすれば、あるいはのれんというものを背景として持とうとすれば、最低100年の営みが必要だからだ。とするならば、「100年かけて創るぞ!」「何を?」、この問いかけを自分の中で常に繰り返さなければならないのではないか。そしてその自問自答を社員と共にし続けていく中に、本来ののれんというものが生まれてくるのではないかと思う。  そのような企業をつくるためには長い期間の経営が必要になる。時間をかける覚悟が必要だ。人なんて簡単に育たないし、同じようなレベルの意識を共有することは難しい。でもみんなが同じ方向を見ようとする、そこに向かって少しでも、Aさんは1日に50cm成長する、Bさんは3cm成長する、でもみんなが成長という方向を向いている、これが生成発展である。やはり、そういう風土を作ろうとすれば時間がかかるわけである。だが時間をかけてでもそういう組織を作ってきたからこそ、日本の企業は今もなお力を発揮し得ている。  今の時代の中で、それはあるいはおとぎ話のように感じるかもしれない。しかし、私はそうは思わない。そういった組織を作りながら、いかに100年、200年かけて自分の次の代が、あるいは次の次の代が、先代、先々代が描いた理想とする社風をつくるために生きてくれるか、それが経営者のロマンだと思う。その経営者のロマンを共有できなければ、経営ほどつまらないものはない。ロマンを共有しているからこその組織である。長く一緒にやっている人間はロマンを共有しているはずである。共有しているロマンに歪みがあるならば、そんなつまらない経営者業なんて止めた方がいい。

吉田松陰の『士規七則』

 なぜ日本の経営が強かったのか、そして今でも強いのか、なぜ日本はこういう企業を作り得たのか、そしていまだに強さを誇っているのか。それは先人が数千年かけてつくってきた価値があまりに卓越していたからである。  私は吉田松陰の『士規七則』にある「千万世(せんばんせい)といえども得て尽くすべからず」という言葉が好きだ。『士規七則』は、吉田松陰が叔父の玉木文之進の子の玉木彦介の元服に際し贈ったものである。冒頭で、「書物をひもとけば、立派な言葉がたくさん書かれており、読み手に勢いよく迫ってくる。だが、人々はそもそも本を読まない。もし読んだとしても書かれていることを実践しようとしない」と述べた後、この言葉が出てくる。「でもそれらを本当に実践しようとしたら、千万世、何回生まれ変わったって行い尽くすことはできないだろう」。  「だから無駄なことはやめよう」などとは松陰はもちろん言わない。「だからやるんだ。何回生まれ変わってもできないことをお前がしている。その生き方は、俺はああ生きたい、と思う後輩を必ず生み出す。その後輩も志半ばで倒れる。だが、その志半ばで倒れた自分の先輩を見て、次の代の後輩が俺もああ生きたいと思う。この、『俺もああ生きたい』と思う繰り返しの中でいつしか現実のものになる」、松陰はこのような思いがあったのではないだろうか。  現代に生きる我々も噛みしめたい言葉である。だからこそ、高い理想を目指して受け継がれるような経営をしよう、受け継がれるような教育をしよう、ロマンを共有して、あれは俺も実現したいロマンだ、あれは俺も共有したい理念だ、理想だというようなものに向かって、蟷螂の斧かもしれない、砂上の楼閣かもしれない、でも営々とやろうとする。その生き様の中に、「よし、じゃあ俺が!」と思う後輩、後継者が生まれてくるのではないか。  だが、今の私たちはその卓越した価値に気づかずに、足元をないがしろにしている。これではいけない。もっともっと自分たちの足元を強めていかねばならないし、その足元で育まれる自分たちの社風、文化というものを、もっと時間をかけて強めていこうとする覚悟が必要だと思う。 【佐藤芳直(さとう・よしなお)】 S・Yワークス代表取締役。1958年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、船井総合研究所に入社。以降、コンサルティングの第一線で活躍し、多くの一流企業を生み出した。2006年同社常務取締役を退任、株式会社S・Yワークスを創業。著書に『日本はこうして世界から信頼される国となった』『役割 なぜ、人は働くのか』(以上、プレジデント社)、『一流になりなさい。それには一流だと思い込むことだ。 舩井幸雄の60の言葉』(マガジンハウス)ほか。
役割 なぜ、人は働くのか

いま、人生の分岐点に立つ若き社会人に伝えたいこと。

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