【新連載小説 江上剛】 一緒に、墓に入ろう。 Vol.1

メガバンクの常務取締役執行役員にまでのぼりつめた大谷俊哉(62)。これまで、勝ち馬に乗った人生を歩んできたものの、仕事への“情熱”など疾うに失われている。プライベートはといえば、妻はもとより、10数年来の愛人・麗子との関係もマンネリ化している。そんな俊哉が、業務で霊園プロジェクトを担当している折、田舎の母の容体が急変したとの知らせを受け……順風満帆だった俊哉の人生が、少しずつ狂い始める。
「墓じまい」をテーマに描く、大人の人生ドラマ――

第一章 俺の面倒は誰が見るの?Vol.1


時計大谷俊哉は、先ほどからしきりに時間を気にしていた。どうしても出かけたいところがあるのだ。
経営会議が思った以上に長引いている。役員や各部の部長らが出席し、経営の具体的な課題、案件を協議する会議だ。
俊哉は、大手銀行の四井安友銀行の常務取締役執行役員である。
最近は、肩書を表記するのに長ったらしくて自分ながらうんざりするが、常務取締役として銀行の経営に関する意思決定に責任を持ちつつ、執行役員として実際の現場を指揮しなくてはならない重責だ。所管しているのはリテール・法人事業部門。ざっくりと言えば国内の個人や中小、中堅企業取引全般である。

まるで国連の安保理事会を模したように、結婚式場ほどの広さのある会議室の真ん中に楕円形のリング状の木製テーブルが置かれている。
テーブルには各役員の席が決められている。俊哉も自分の席についた。目の前にはパソコンが設置されており、そこに案件の資料が映し出される仕組みになっている。会議に参加する者は、説明者の指示に従って、パソコンを操作し、画面上でデータを確認するのだが、実際はあまり活用されていない。
随分以前から書類をなくそう、と会議資料は全てパソコンの画面上に表示されることになったのだが、やはり紙に印刷されたものが良いという意見が多く、相変わらず大量の印刷物が配布されている。
俊哉の前にも分厚い資料が積みあがっている。これだけの分量をコピーするだけでも大変な労力だろうと部下に同情した。

若い頃、初めて本部企画部で仕事をすることになり、取締役会に配布する資料作りを担当した。
あの頃は、今のようにコンピュータも発達していなかったし、コピー機も旧式だった。

深夜俊哉は、深夜まで資料作りに励み、帰宅できず部室のソファで仮眠をとっていた。突然、怒鳴り声が聞こえ、上司が目の前に鬼のような顔で立っていた。数字が間違っているぞと彼は資料をびりびりと引き裂いた。すみません、と叫び、飛び起きた。
その時、目が開いた。

夢だったのかと安心したのもつかの間、背筋にぞくぞくとした寒気が走った。ソファから這い出るようにして机に向かい、資料を見直した。すでにコピーも終わり、ホチキスで留め、製本し、早朝の会議を待つばかりになっている。ページを必死でめくる。
「あっ」思わず叫んだ。数字が間違っている。
数字と数字を掛け合わすところを足し算してしまっていた。「ああっ」深夜の部室には誰もいない。俊哉の悲鳴だけが空しく響く。

あれは大変だったなぁ。パソコンのデータを修正して、プリントし直し、何枚もコピーした。せっかく製本したすべての資料をばらばらにし、間違った部分を差し替え、もう一度製本する……。

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経営会議の最中、資料を手にしつつ、ふと若い頃を回想する俊哉。メガバンクで出世コースを歩んできた今、何を思う……!?

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