【新連載小説 江上剛】 一緒に、墓に入ろう。 Vol.1

大きなガラス窓から青空が見える。立春は過ぎたものの、まだまだ暖かくなる気配はないがその分、空が澄み渡っている。 真っ青な空の下に東京湾が広がっている。湾も空の青さを映して青い。大きな船が航行している。止まっているのか、動いているのか分からない。しかしそのあまりにゆっくりとした動きがかえって俊哉の心を癒してくれる。 これが会議の場でなければ、あの窓際に立って、コーヒーを片手に時間を忘れて眺めていたいものだ。心がざわつくこともなく穏やかでいられることだろう。 「おい、大谷常務」 ふいに呼びかけられた。 慌てて声の方向に顔を向ける。 「は、はい」 返事をする。 眉間に皺を寄せ、俊哉を睨むように見ているのは、頭取の木島豊だ。 木島はかつての上司だ。企画部時代に先輩として俊哉を鍛えてくれた。たった三年しか入行年次が違わないのに木島は圧倒的な迫力があった。当時から将来性が期待されていたが、その通り出世街道を突き進んで今や、頭取だ。 実は、俊哉の夢に登場し、怒鳴りつけ、会議資料の間違いに気付かせてくれたのは木島だった。 俊哉は、木島につき従うことで現在の地位にまで到達したと言えなくもない。 否、むしろそれしかないと言ってもいいだろう。たいした実力も定見もない俊哉が、メガバンクの常務取締役執行役員でいられるのは木島のお陰だ。口さがない連中は、俊哉のことを木島の金魚のフン、と陰口を叩いているらしい。 言いたい奴には勝手に言わせておけ。所詮、サラリーマンの人生は、勝ち馬にうまく乗ることができるかどうかで決まる。勝ち馬に乗れば、思いがけない出世という僥倖に恵まれるし、そうでなければ早々に落馬して、野垂れ死にするだけだ。 <続く> 江上剛作家。1954年、兵庫県生まれ。77年、早稲田大学政治経済学部卒業。第一勧業(現みずほ)銀行に入行し、2003年の退行まで、梅田支店を皮切りに、本部企画・人事関係部門を経て、高田馬場、築地各支店長を務めた。97年に発覚した第一勧銀の総会屋利益供与事件では、広報部次長として混乱収拾とコンプライアンス体制確立に尽力、映画化もされた高杉良の小説『呪縛 金融腐蝕列島II』のモデルとなる。銀行在職中の2002年、『非情銀行』でデビュー、以後、金融界・ビジネス界を舞台にした小説を次々に発表、メディアへの出演も多い。著書に『起死回生』『腐食の王国』『円満退社』『座礁』『不当買収』『背徳経営』『渇水都市』など多数。フジテレビ「みんなのニュース」にレギュラーコメンテーターとして出演中(水~金曜日)
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