【連載小説 江上剛】銀行にも妻にも誰にもバレずに年月は過ぎ……麗子の婚期も過ぎていた【一緒に、墓に入ろう。Vol.4】

メガバンクの常務取締役執行役員にまでのぼりつめた大谷俊哉(62)。これまで、勝ち馬に乗った人生を歩んできたものの、仕事への“情熱”など疾うに失われている。プライベート? それも、妻はもとより、10数年来の愛人・麗子との関係もマンネリ化している。そんな俊哉が、業務で霊園プロジェクトを担当している折、田舎の母の容体が急変したとの知らせを受ける。
順風満帆だった大谷俊哉の人生が、少しずつ狂い始める……
「墓じまい」をテーマに描く、大人の人生ドラマ――

第一章 俺の面倒は誰が見るの?Vol.4


「これじゃ俺が居候だね」
あえて愛人という言葉を避けた。
「居候だと、ずっとここにいてくれるけど、俊哉さんは帰っちゃうからな」
麗子は少し寂しい表情になった。
申し訳ない気持ちになり、きゅんと胸が痛む。銀行にも妻にも誰にもバレずにいつの間にか長い年月が過ぎていた。そのうち麗子は婚期を逃した。もっとも銀座で店を持とうと思って、それをやってのける女性だから結婚願望があったかどうかはわからない。
「結婚したかったのか」
目の前には俊哉の誕生日祝いだということで一センチ以上もある厚いヒレステーキを載せた皿がテーブルを占拠している。
山盛りのサラダ。俊哉が大好きなコーンポタージュスープ。
麗子が「このパンはブーランジェリーサトウ」って人気のお店で並んで買ったのよ」と言う。
「ブーランジェリーって何のことだ?」
「パン屋さんのことを最近はそう言うのよ」
評判の良いパンを口にする。確かに美味い。ワインに合う。後は適当につまめるような小鉢が幾つか並んでいる。
「分からないわよ。したくなかったと言えば、ウソになるしね。俊哉さんとこんな風になってしまったから諦めたわ」
ちょっと上目になり、俊哉を見る。
「おいおい、止してくれよ。俺のせいか?」
俊哉は苦笑し、ワイングラスを持った。
「でも全く責任なしとは言えないわ」
麗子が俊哉のグラスに赤ワインを注ぐ。
「乾杯。俺たちの関係がいつまでも続きますように」
俊哉が麗子のワイングラスに自分のグラスを合わせる。
「乾杯。俊哉さんがいつまでも健康でありますように」
カチリとワイングラスの音が部屋に響く。部屋にはクラシック音楽が流れている。麗子好みだ。

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そういえばさ、麗子はお墓はあるのかい?」

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