都政と国政でねじれる公明党(宗教と日本人①)

公明党本部

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「都民ファーストの会」が圧勝

 東京都議会議員選挙の結果は「都民ファーストの会」の圧勝に終わった。今年の春ごろから、マスコミの報道が小池知事に対してじょじょに批判へと変わっていく。豊洲市場の移転問題では結論を先送りにしたことで、「決められない知事」の印象も広がっていた。そして、小池知事がつくった「都民ファーストの会」は、世論調査でも自民と競り合う程度まで、支持率は落ち込んでいた。  しかし、情勢が最後の10日間くらいで大きく変わった。小池知事は「豊洲への移転と築地市場の活用」を発表し、先頭に立って都議会選挙を戦うために「都民ファーストの会」の代表に返り咲いたのだ。  一方の自民党は、選挙の態勢を整えることができずに自滅していった。森友・加計問題での対応のまずさが尾を引いていたところに、豊田、稲田、下村の各代議士の問題が噴出。選挙を狙ったマスコミの安倍内閣批判キャンペーンが情勢を一挙に動かす原動力となった。

公明党の共闘

 自民党のオウンゴールによる浮動票をつかんだ「都民ファースト」だが、やはり見逃せないのは公明党との連携で、公明党が圧倒的な人気を誇った小池知事を支持して都民ファーストと共闘したことの意味は大きい。  公明党、創価学会の本部がある東京において、与党であることを望むといわれる公明党は、昨年の東京都知事選挙での小池知事の圧勝を受けて自民党と決別した。国政では自民党との連立を継続するとはいえ、都議会では大胆に方針展開した。  そもそも公明党が東京都議会に最初に候補を擁立したのは、1963年であった。昨年の知事選挙で小池知事が例えた「伏魔殿」という言葉が、実は63年当時の都議会の状況を表す言葉としてそのまま使われていたのだ。  都議会での不正追及に活躍した公明党は、創価学会が1961年に設立した「公明政治連盟」からスタートする。戦後の新宗教の代表格である創価学会が急速に信者をふやすなか、活動の足場を政治にまで広げていき、その後、国政に進出した公明党は野党として活動してきた。  その公明党は、1993年の細川連立政権に参加。その後も政権の一翼を担っており、現在の自民党に対しては、ブレーキ役を担っているという自負をもっている。自民党との選挙協力は現在も継続され、自民党議員にとって公明党の選挙協力は当選に欠かせない。

政治と宗教

 日本において、「政治と宗教」というのは、難しい問題を抱えている。憲法20条では「信教の自由」が保障されているが、条文には「政治的な権力を行使してはならない」とも規定されている。  現在でも820万以上の世帯が会員だといわれている創価学会。東京都議会では23人全員を当選させ、国会でも一定の勢力を維持している公明党。宗教学者の島田裕巳氏は最新刊の『日本人の信仰』(育鵬社)で、戦後の新宗教についても言及しながら、日本人の宗教観について解き明かしていく。(育鵬社編集部A)
日本人の信仰

人気宗教学者が日本人の「信仰のあり方」を、歴史的な側面を踏まえながら多角的に考察する。 日本人の宗教観がよくわかる本。

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