【連載小説 江上剛】深夜、自宅の電話が鳴った。妻・小百合が恐る恐る受話器を取り…… 【一緒に、墓に入ろう。Vol.9】

メガバンクの常務取締役執行役員にまでのぼりつめた大谷俊哉(62)。これまで、勝ち馬に乗った人生を歩んできたものの、仕事への“情熱”など疾うに失われている。プライベート? それも、妻はもとより、10数年来の愛人・麗子との関係もマンネリ化している。そんな俊哉が、業務で霊園プロジェクトを担当している折、田舎の母の容体が急変したとの知らせを受ける。
順風満帆だった大谷俊哉の人生が、少しずつ狂い始める……
「墓じまい」をテーマに描く、大人の人生ドラマ――

第一章 俺の面倒は誰が見るの?Vol.9

小百合は、年上で、短大卒だったことから母澄江は当初、結婚に反対した。
澄江が、俊哉に「せっかく東大に入れたのにもっといい嫁さんがなかったの」と言ったのが耳に入ってしまったことが決定的だった。
小百合は賢い女性なので澄江に対して露骨に嫌な顔や不機嫌な態度は見せないが、心の中では許していなかった。
俊哉は澄江の話題を避け、「おいおい、俺より、早く死ぬなんていうなよ。俺の面倒は誰が見てくれるんだ」と冗談ぽく言った。
「自分のことばかり心配するんじゃないの。あなたがボケたら、さっさと施設に入れて、私はエンジョイしますから。あなたの面倒なんか見ません」
小百合は思い切り、顔をしかめる。
麗子は、小百合とまったく反対のことを言った。
酔っていたとはいえ、俺の面倒を見ると言ってくれた。あれは本音なのだろうか。しかしそんなに都合よくはいかないだろう。麗子を信じて、甘えたら、その瞬間に手ひどいしっぺ返しをくらうに違いない。それにしても年を取るというのは、つくづく面倒なことだ。

「せいぜいボケないようにするよ」
その時、自宅の電話が鳴った。もう一二時を過ぎている。深夜の電話はろくなことではない。
俊哉の表情が硬くなる。小百合も緊張している。
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義母危篤の知らせに、「あなた一人で行って」と心底迷惑そうな妻……

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