【連載小説 江上剛】会うたびに「お父さんと同じ墓に入れてね」と言うのが口癖だった母……【一緒に、墓に入ろう。Vol.10】

葬儀を終えてもずっと憂鬱そうな妻・小百合の様子が気になる俊哉……

母の葬儀は、近くの町の祭場で行った。 昔は、自宅で葬儀を行い、近所の人たちが手伝うというのが普通だった。俊哉の記憶では、祖父母の葬儀は、そうやって行われた。 しかし高齢化に伴い、手伝う人も少なくなり、今では都会と同じように祭場で行われるのが一般的となった。 十年前の父の葬儀も同じ祭場で行った。 葬儀は質素だった。参列に出席したのは親族と近所の人たちだけだった。 孫にあたる、俊哉の長男寛哉も長女春子も、そして寛哉の子供たち、母澄江にとってはひ孫にあたる智也も参列しなかった。 寛哉も春子も仕事が忙しいという理由だが、あまり母澄江と幼い頃から馴染みがないことが影響しているのだろう。 俊哉は、一応、二人にどうする?参列するかと聞いたのだが、彼らは迷いなく、やめておくと言った。少しあっさりし過ぎてはいないかと寂しく思ったが、まあ、孫にとって祖母の死など、そんなものだろうと納得した。 献花なども少ない。銀行から頭取の木島名で献花があったが、俊哉の仕事の関係はそれだけだった。取引先へは母の死を連絡をしなかったし、銀行の秘書室にもその旨、徹底してもらった。後日、新聞に訃報が出るかもしれないが、香典やその他のお悔やみは、すべて辞退するつもりだ。 だいたい大げさな葬儀は生きている者の見栄で行うものだ。亡くなった者には関係がない。ましてや母は田舎でひっそりと暮らして死んだ。たとえ俊哉が銀行の役員をしているからといって派手な葬式を上げる必要はないのだ。もし派手にしたいというなら、それは俊哉の見栄ということになる。 「質素に済ませるからな」 俊哉が妹の清子に告げると、やや不満そうな顔をした。 「兄ちゃんは偉いんだから、花輪くらい銀行の取引先から頂いたら」 清子が言う。 「いいよ。そんなの。お返しが大変だよ。今は家族葬が普通だ」 俊哉は、清子の提案を一蹴した。田舎はそうじゃない、派手にするほうが母が喜ぶと思うけど……と清子は不満顔だったが、喪主である俊哉が言うことに逆らえない。 葬儀の後は、納骨だ。四十九日が終われば納骨式となるが、仕事の関係もある。できるだけ早く済ませたい。 母澄江は、兼ねてより父俊直と一緒の墓に入りたいと言っていたから、菩提寺の阿弥陀寺の墓地に埋葬すればいいだろう。そこは大谷家の先祖代々の墓地で、俊直はもちろんだが、祖父、祖母ら先祖が皆、そこに埋葬されているから、寂しいことはないだろう。 葬儀は無事終了し、祭場から実家に帰ってきてからも俊哉は妻の小百合がずっと憂鬱そうにしているのが気になった。 母の澄江とは仲が決して良くなかった。だからそれほど親しく関係したわけではない。 澄江の死を喜ぶと言うことはないだろうが、これほど落ち込むほど悲しいはずはないと思うのだが……。 <続く> 作家。1954年、兵庫県生まれ。77年、早稲田大学政治経済学部卒業。第一勧業(現みずほ)銀行に入行し、2003年の退行まで、梅田支店を皮切りに、本部企画・人事関係部門を経て、高田馬場、築地各支店長を務めた。97年に発覚した第一勧銀の総会屋利益供与事件では、広報部次長として混乱収拾とコンプライアンス体制確立に尽力、映画化もされた高杉良の小説『呪縛 金融腐蝕列島II』のモデルとなる。銀行在職中の2002年、『非情銀行』でデビュー、以後、金融界・ビジネス界を舞台にした小説を次々に発表、メディアへの出演も多い。著書に『起死回生』『腐食の王国』『円満退社』『座礁』『不当買収』『背徳経営』『渇水都市』など多数。フジテレビ「みんなのニュース」にレギュラーコメンテーターとして出演中(水~金曜日)江上剛
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