【連載小説 江上剛】墓を守るひとがいなくなるのを心配していた母【一緒に、墓に入ろう。Vol.12】

メガバンクの常務取締役執行役員にまでのぼりつめた大谷俊哉(62)。これまで、勝ち馬に乗った人生を歩んできたものの、仕事への“情熱”など疾うに失われている。プライベート? それも、妻はもとより、10数年来の愛人・麗子との関係もマンネリ化している。そんな俊哉が、業務で霊園プロジェクトを担当している折、田舎の母の容体が急変したとの知らせを受ける。
順風満帆だった大谷俊哉の人生が、少しずつ狂い始める……
「墓じまい」をテーマに描く、大人の人生ドラマ――

第二章 母が死んだ……Vol.12

「ねえ、墓を守れってどういうこと?」
「どういうことって? まあ、そうだな」
小百合から改めて聞かれて聞かれて、答えに窮した。
「私も聞いていたわよ、母さんの頼みごと」
横から声を出したのは妹の清子だ。台所で茶を飲んでいる。
清子は、俊哉の3歳下の妹。今、59歳だ。
夫は、俊哉と同い年の62歳の笠原健太郎。地元農協に務めている。60歳で一度、定年の形を取り、今は再雇用されている。それも65歳までらしい。葬儀には参列していたが、どこかに行っているのか、ここには姿が見えない。

「何を聞いたって?」
俊哉が聞く。
「母さんの頼みよ」
清子が、ずっずっと音を立てて湯飲みの茶をすすった。
「清子さんも聞いてたの?」
小百合は、苦い物でも口にしたような表情をした。
小百合に聞かれたくはなかったのだろうか。
「今わの際にこれだけは頼んでおかなくちゃって、必死の顔だった」
「清子さん、嫌なことを言うわね。頼まれたものの身になってよ。私、お母さんに、墓を頼むって言われるなんて想像もしていなかった。どういうことかしら?」
「母さんはさ、最近、ずっと墓のことばかり心配してたの」
清子が、俊哉と小百合の傍に湯飲みを持ったまま近づいて来る。
「そんなに気にしていたのか?」
俊哉が、驚いた顔で聞く。
「そうよ、私が死んだら、いったい誰が阿弥陀寺の墓を守ってくれるんだろうねって。兄ちゃんがちゃんとやってくれるよって私が言うとね、心配だよ、あの子は東京に獲られてしまったからっていうのね」
清子がしたり顔をする。
「東京に獲られた?」
俊哉が聞き返す。
「東京に行った切り、帰って来ないってことじゃないの? もう田舎は捨てたってことね。兄ちゃん、ちっとも帰って来ないし、会社を辞めてもこっちに帰って来る気なんかないんでしょ? お姉さんだって横浜の人だしね。母さんは、このままだと墓を守るひとがいなくなるのを心配して、お姉さんに強く頼んだのよ」
清子が小百合を一瞥する。
「どうして? 主人に頼むのならわかるけど? どうして私なのかしら」
小百合の眉間の皺が、ぐぃっと深くなる。
「さぁね、よほど、お姉さんのこと頼りにしていたんじゃないの?」
清子が薄笑いを浮かべているような表情をしている。
「私を頼りにする? そんなことあるわけない」
小百合の顔に怒りが浮かんだ。
母澄江と小百合は、喧嘩しているというほどではなかったが、決して仲が良いとは言えなかった。その小百合を母澄江が頼りにするはずがないと言うことだろう。
「でも母さんが頼んだ以上、墓は守ってもらわないとね。ねえ、兄ちゃん」
清子が俊哉を見る。
清子は来年には還暦だ。そんな妹から「兄ちゃん」とまるで小学生かなにかのように呼び掛けられると、俊哉はどうにも居心地が悪い。
「墓を守るってさ。寺に金を払っておけばいいだけだろ?」
俊哉はあまり関心がないように振る舞う。
「なに言ってるの。寺に墓の管理料を払うのは当然だけど、法事をしたり、掃除をしたり、檀家の付き合いをしたり……いろいろよ。とにかく無縁さんにしないようにすること。お母さんのお骨も四十九日を過ぎたら、そこに納めるんだからね。おじいさんもおばあさんもお父さんもいるのにお墓を無縁さんにしたら、祟られるわよ」
清子がにやりとする。
俊哉は、祭壇のほうを振り向く。
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母の遺影は何かを睨みつけているような、厳しい表情だった……

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