【連載小説 江上剛】墓を守るひとがいなくなるのを心配していた母【一緒に、墓に入ろう。Vol.12】

母の遺影は何かを睨みつけているような、厳しい表情だった……

仏壇の前に設けられた祭壇には、母澄江の遺影が置かれ、その周りを献花や電灯式の提灯、雪灯籠が飾られている。遺影の前には、錦糸の布に包まれた白木の箱に入った骨壺が置かれている。 「あの遺影、俺を睨んでいるようで嫌だな」 それは、まだ元気な時に写真館で遺影用に撮影したものだ。 何かを睨みつけているような厳しい表情だった。頬骨が出ているから、まるで怒っているように見える。どうしてこんな写真を遺影に選んだのだろう。笑っているスナップ写真もあるだろうに……。 「おめかししてさ、遺影を撮ったのよ。村に遺影撮影の人が来たんだって」 清子が呆れながら言った。 「遺影撮影の人が来たの?」 小百合が目を丸くする。 「そうなの。カメラを担いで来たんじゃないの? この村も年寄りばかりだから、素敵な遺影を準備しておきましょうと言われたら、みんな普段着ない着物でめかし込んでさ。いそいそと、まるでお祭り騒ぎだったみたいね。それで撮ったのがアレ」 清子が指さした。 「もう少し笑っているほうがいいのにね」 小百合が呟くように言う。 「私もね、あの写真を見た時、撮りなおしたらって言ったの。笑っているのがいいんじゃないってね。ところが母さんたら、これがいいって譲らないの。頑固なところがあったでしょう」 「そうだな。頑固と言えば頑固だった。でもなぜあの写真がいいのかな。こんな顔だぜ」 俊哉がおどけて、遺影を真似て目を吊り上げ、怒った顔をする。 「ははは」 清子が声を上げて笑う。 「母さんは兄ちゃんに跡をしっかり見ろって、睨みを利かすつもりなのよ。この家も墓もね。だって兄ちゃんもお姉さんもあの墓に入るんだし……」 清子が何かいわくありげな視線を俊哉に向けた。 「そうだな、なあ、小百合」 俊哉は小百合に声をかけた。 「なぁに、なあって?」 小百合は、なにやらまた憂鬱そうだ。 「阿弥陀寺のうちの墓、なかなかいいじゃないか。桜の海の中にいるみたいで。お前もきれいねって言っていただろう。あんな桜の下で眠るのもいいな。そう思わないか」 葬儀の前に、父俊直の墓に参った。 阿弥陀寺は、近在の村の多くを檀家に抱え、四百年以上もの歴史のある高野山真言宗の寺だ。 阿弥陀寺山という高さ五百メートルほどのなだらかで姿の良い山を背景にしている山寺だ。 そこには、今を盛りと桜が満開で山の中腹まで桜色に染まっている。さらに境内や墓地に続く道の桜も咲き誇っている。夢見心地のような桜、桜、桜。思わず、きれいだなと声が漏れた。 小百合も電車の中で川沿いの桜を見た時と同様に、本当にきれいねとうっとりとした目付きになっていた。 「嫌よ」 小百合が直截に言い切った。 「えっ」 俊哉と清子が同時に声を発し、小百合を見つめる。 小百合は、眉根を寄せ、「絶対に嫌」ともう一度はっきり言った。その表情は、母澄江の遺影以上に厳しかった。 <続く> 作家。1954年、兵庫県生まれ。77年、早稲田大学政治経済学部卒業。第一勧業(現みずほ)銀行に入行し、2003年の退行まで、梅田支店を皮切りに、本部企画・人事関係部門を経て、高田馬場、築地各支店長を務めた。97年に発覚した第一勧銀の総会屋利益供与事件では、広報部次長として混乱収拾とコンプライアンス体制確立に尽力、映画化もされた高杉良の小説『呪縛 金融腐蝕列島II』のモデルとなる。銀行在職中の2002年、『非情銀行』でデビュー、以後、金融界・ビジネス界を舞台にした小説を次々に発表、メディアへの出演も多い。著書に『起死回生』『腐食の王国』『円満退社』『座礁』『不当買収』『背徳経営』『渇水都市』など多数。フジテレビ「みんなのニュース」にレギュラーコメンテーターとして出演中(水~金曜日)江上剛
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