愛国のエコノミスト(6)――理論がしっかりしていて具体的に国が良くなるなら

『日本書紀』によれば、持統天皇は兵士・大伴部博麻(おおともべのはかま)に「朕嘉厥尊朝愛国売己顕忠」=朕(ちん)、厥(そ)の朝を尊び国を愛(おも)ひて、己(おのれ)を売りて忠を顕(あらわ)すことを嘉(よろこ)ぶ=の勅語を与えた。これが愛国の由来とされている。(写真は博麻の出身地、福岡県八女市の北川内公園にある顕彰碑。愛国の文字が見える)

愛国に右派も左派もない

 高橋氏は、金融緩和政策に関して前掲書で次のように書いている。 「(民主党が政権をとった時に)筆者は民主党の何人かの政治家に対して、金融緩和政策について丁寧に詳しく説明していた。……民主党は結局、この政策を採らなかったが、安倍首相に『金融緩和で失業率が下がる』というようなことを話したら……即座に反応したので驚いた。安倍氏には『金融緩和政策というのは歴史的には左派政策だ』と説明したのだが、その経済理論がしっかりしていて経済が良くなるのなら『左派も右派もない』というような意味のことを言ったのを覚えている」(82~83ページ)  本連載のタイトルに愛国という用語を用いているが、愛国に右派も左派もないのである。私心がなく、その理論がしっかりしていて具体的に国が良くなるなら、それを提言し実践するかどうかである。  世の中には、経済学者やエコノミストという専門家は数多くいる。しかし、どれだけの人が愛国のエコノミストなのだろうか。  例えば、日本銀行(日銀)は、物価目標(インフレターゲット)2%を確実にしてデフレ経済から脱却するために、2016年1月末からマイナス金利を導入した。日銀の意図としては、マイナス金利による市場金利の低下で、企業の投資や個人の消費意欲が高まる効果を狙った。

私心から発せられるポジショントーク

 しかし、金融関係に所属するエコノミストの多くが反対した。なぜなら、金融機関は金利が高い方が利ざやを稼げるが、マイナス金利だと利ざやが縮小し収益の低下をもたらすので「自らが所属する組織」にとって不利と感じたからだ。  これは和製英語だが、ポジショントークという。自分が所有している株などが有利な方向で相場が動くように発言をすることを指す。まさに私心に基づいた発言となる。  前述の2016年1月のマイナス金利に関する日銀政策委員会の決定は、5対4という僅差であった。  この事情について、高橋氏は前掲書で次のように記述している。 「日銀が決定したマイナス金利導入だが、政策決定会合のメンバーで賛成したのは安倍政権になってから任命された委員ばかりだった。一方、反対した委員のほとんどは民間金融機関の出身者で、民主党政権時代に任命された人たちだった。つまり、日銀に政権の意図を反映させるためには、こうした会合のメンバーを政策的に整合性の取れた人たちに順次入れ替えて行くことが必要ということになる。日銀の幹部や委員には5年くらいの任期があるから、よほどのことがない限り任期途中で交代というわけにはいかない」(同書、78ページ)  日銀政策委員会は、総裁(1人)、副総裁(2人)および審議委員(6人)の9人で構成されており、この9人のメンバー(政策委員会委員)は、いずれも国会の衆・参両議院の同意を得て内閣が任命する。

専門家に求められる「深くて広い柔軟な」教養と胆力

 この「審議委員は、経済又は金融に関して高い識見を有する者」(日本銀行法第23条)とある。ちなみに審議委員は常勤となり年間報酬は2661万円(日銀ホームページより)、5年間の任期は保障されているので1億3305万円の収入となる。審議委員は、退任後に出身母体に復職するケースが多いので古巣の利益代表者になりがちだが、身分がしっかりと保障されているので、是非とも「ポジショントーク」ではなく「高い見識」を発揮してもらいたい。  現在の日本において、政治家や専門家と呼ばれる人は数多いが、真の愛国者には、その専門性を支える「深くて広い柔軟な」教養と修羅場をかいくぐって身に着く胆力が必要なのではないか。その教養を養うためには、歴史に対する造詣が必要となる。  その教養と胆力があれば、私心などに惑わされなくなる。好きか嫌いかは別にして、高橋洋一氏にはそれがあり、また安倍晋三氏や小池百合子氏にもあるように思える。  そろそろ誌面が尽きた。歴史的な観点から高橋洋一氏の前掲書を論評した伊勢雅臣氏のブログ「『国良し、民良し、子孫良し』の三方良し経済」がある。それを参照していただきたい。  また、愛国という言葉の由来に関しては、「“記念碑”で語る愛国と公共の精神」というコラムがある。ご参考いただければ幸いである。(了) (文責=育鵬社編集部M)
日本を救う最強の経済論

バブルの対策を誤り、その後の「失われた20年」を系統的に解き明かし、今後のわが国の成長戦略を描いた著者会心の書。

おすすめ記事
おすすめ記事