【連載小説 江上剛】葬儀を終え、自分の知らなかった母の生前の事実を聞かされ……【一緒に、墓に入ろう。Vol.13】

メガバンクの常務取締役執行役員にまでのぼりつめた大谷俊哉(62)。これまで、勝ち馬に乗った人生を歩んできたものの、仕事への“情熱”など疾うに失われている。プライベート? それも、妻はもとより、10数年来の愛人・麗子との関係もマンネリ化している。そんな俊哉が、業務で霊園プロジェクトを担当している折、田舎の母の容体が急変したとの知らせを受ける。
順風満帆だった大谷俊哉の人生が、少しずつ狂い始める……
「墓じまい」をテーマに描く、大人の人生ドラマ――

第二章 母が死んだ……Vol.13

一瞬、皆が静まり返った。小百合の拒否の言葉が、俊哉と清子に鋭く突き刺さったからだ。
曖昧さを許さない、断固とした拒否。この場で、これほど相応しくない言葉もないではないか、と俊哉は苦々しい顔で小百合を見つめた。
「あの墓、暗いわ。森の中にあって、日陰でじめっとしている。私、好きじゃない。今は、たまたま桜が咲いているけど、周りは高い杉の木がたくさんあるし、私、スギ花粉症だから、絶対に嫌よ」
「お前、死んだら花粉症も何もないさ」
俊哉が苦笑する。
「とにかく絶対に嫌なの。私、あなたのお父さんやお母さんと一緒の墓に入るのは嫌だから」
もう今にも逃げ出さんばかりの顔をしている。
「親父が入って、お袋も入る。そればかりじゃない。俺もあそこに入るんだぜ。だったらお前も一緒に入るのが当然だろう」
俊哉は不愉快そうに言う。
「嫌よ。なんの縁もない、こんな田舎……」小百合は、清子を見た。言い過ぎたと思ったのか、すぐに謝った。「ごめんなさい。私、とにかく嫌なのよ。それにね、子供たちもここにはお参りに来てくれないわ」
「じゃあ、どうするのさ。俺たちは東京に墓なんか持っていないんだぞ」
俊哉は、ふと頭取の木島が、多摩の霊園プロジェクトに期待を寄せているのは、夫婦間で墓を巡る言い争いが起きたからではないかと思った。
「買えばいいじゃないの」
小百合は、当然のことのように言う。
「それじゃあ、ここの墓はどうするんだ?」
俊哉は、清子が不愉快そうな表情をしているのに気付いた。小百合が、余りにもこの村を田舎扱いするのが面白くないのだろうか。「清子、お前が面倒を見てくれるか」
「なにを突然、そんなことを言い出すのよ。出来るわけがないじゃないの」
清子が、まともに反論する。
「だってさ、お前は隣町に住んでいるし、ここにも馴染みがあるし、墓を守るのは適任じゃないか?」
「兄ちゃん、いい加減にしてよ。いつも適当で、その場しのぎなんだから」
「いつ俺が適当でその場しのぎなんだよ。お前は近くにいるんだから、墓を守ってくれるのが合理的じゃないかと思ったんだよ。なんならこの実家に移り住んでもいい。俺は東京を離れられないから」
俊哉も反論する。
「あのねぇ。私も来年、還暦なの。この家を離れて、笠原家の嫁になって三十年以上も経つのよ。笠原家には、まだ義父も義母も健在なの。どうしてここに住めるのよ。それに笠原家は、先祖代々の菩提寺があって、そこにちゃんとお墓があるのよ。それを守っていくのが、長男の嫁になった私の務め。私は、大谷家の人間じゃなくて、笠原家の人間なの。笠原家のお墓に入ることになっている人間なのよ」
一語一語、区切るようにして強い調子で反論する。
「そんなことを言ってもさぁ」
俊哉の声が弱くなる。
「そんなこんなもないの」
清子は、さらに語気を強めた。
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亡くなって初めて知る、母の青春時代の日々のこと

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