心臓外科医の冥利に尽きるもの[楽しくなければ闘病じゃない:心臓バイパス手術を克服したテレビマンの回想記(第24話)]

「儀武先生・不測の事態に動ぜず」

「儀武先生・不測の事態に動ぜず」

愛煙家は割りを食う


 以下は執刀医儀武先生とボクの退院後のやり取りである。先生は言う。

「入院中に、手術の目的は100%達しましたと言いましたが、手術そのものに関しては90点の出来栄えです。なぜ10点マイナスしたかというと、冠動脈が思っていたより劣化しており、縫合がうまくいかなかったんです」

「劣化ということは、石灰化が進んでボロボロだったということですか」
「うーん、まあそうですね。でもボロボロの血管を何とかするのが心臓外科医の仕事なんです」

「動脈硬化とか石灰化と言われても自覚症状がないので、つい甘い生活のまま過ごしてきた報いですね」
「でもタバコを吸われてなかったので良かったですよ。タバコは心臓病の大敵です」

 そういえば心臓外科医の書いたものの中に、「例えば心筋梗塞の疑いで同じ緊急事態の患者が運ばれて来たら、躊躇なくタバコを吸わない患者を優先する」という一節があったことを思い出した。

 愛煙家には気の毒だが、長生きする可能性のある方の患者を蘇生したい気持ちもわからないではない。野戦病院では戦線に戻れる可能性のある傷病兵は優先的に治療し、それ以外は切り捨てたという故事を思い出す。

心臓外科医の冥利


 儀武先生の話が続く。「心臓の手術の特徴は、全く休憩がないということです。血流には一瞬の滞留や寸分の漏れもあってはならない。それは死を意味します。だから縫合もきちんとしなければならない。

 心臓手術というのは機能回復の手術です。しかもその出来栄えが数字で出てくる。例えば境さんの右室駆出率(右心室が全身を回ってきた血液を肺に送り返すポンプ機能の強さ)は術前は63.7%でしたが、術後は67.2%に改善している。結果の評価が白日の下にさらされる。

 それが、危険回避が目的のがん手術等と異なるところです。しかし、そのきびしさこそ、心臓外科医冥利に尽きるところです」

「ボクは手術を受けて9か月になりますが、術前には、坂道を登ったり階段を昇ったりした時に胸が痛くなりましたがそれは全くなくなりました」

 たしか、天皇陛下の心臓執刀医・天野篤医師も書いていた。「がんの手術の場合、どうしても腫瘍を取り切れなければその時点で引き返して、手術を終えることができる。しかし、心臓の手術はいったん始めたら、治さない限りもとへは戻れない」

 儀武先生は若いころ、術後の様子を調べるカテーテル検査への立ち合いがいやだったという。どうしても出来栄えを採点されている気分になった。しかし、今はベテランの域に入ってきてそういう感情はなくなったという。

 それでもボクの手術には満点とは言わず90点と自己評価した。10点減点の理由については、開いてみてわかったことだが、予想していたより血管に弾力性がなく(つまりボロボロ)、弾力性のある部位を求めて、長いバイパスを作らざるを得なかった点にあるようだ。

 グラフト(バイパスの素材)に左脚の静脈まで使うことを想定していなかったことが満足できない理由らしい。

もう一人の儀武先生


 それを聞いて、ボクは儀武先生に執刀してもらって本当によかったと思った。
 先生の誠実さに触れた思いがした。

 また天野篤医師の言葉だが、「手術はだいたい8割から8割5分は予想通りに行く。しかし残りの1割5分~2割は『あれっ』というような予期せぬことが起こる。

……手術というものは最終的に開けて見ないとわからないという部分があるから全くの不可抗力として想定外のことが発生することもある。

……(そうした)難局に陥るともう一人の冷静な自分が出てきて、手術をしている自分にいろいろと指示を出してくる。

……そして袋小路から抜け出せるということも多い。もう一人の自分が現れるようになったのは30代後半のころからだった」(天野篤『あきらめない心』新潮社)。

 熟練の域に達した儀武先生にももう一人の自分が現れたのだろう。それにしても命が問われたその時に良い医師と出会ったものだ。

民族や国家の興亡は危急存亡の時に「人」を得るか否かにかかっている。人生だって同様だ。

協力:東京慈恵会医科大学附属病院

【境政郎(さかい・まさお)】
1940年中国大連生まれ。1964年フジテレビジョン入社。1972~80年、商品レポーターとして番組出演。2001年常務取締役、05年エフシージー総合研究所社長、12年同会長、16年同相談役。著者に『テレビショッピング事始め』(扶桑社)、『水野成夫の時代 社会運動の闘士がフジサンケイグループを創るまで』(日本工業新聞社)、『「肥後もっこす」かく戦えり 電通創業者光永星郎と激動期の外相内田康哉の時代』(日本工業新聞社)。





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