日本の漫画がアメリカに買われる!?

<文/橋本博 『教養としてのMANGA』連載第5回>

「漫画」から「マンガ」そして「MANGA」へ


ローランド・エメリッヒ監督が手掛けたハリウッドリメイク版『GODZILLA』(1997)


 漫画という言葉が広く知られるようになったのは、浮世絵師葛飾北斎が描いた「北斎漫画」という画集が出された頃からだ。それまでは人物や動物をデフォルメした略画は、戯画とか鳥羽絵とか言われていた。黒装束の忍者を漫画に描いたのも北斎だ。

 江戸時代には黄表紙と呼ばれる挿絵付きの通俗読み物が流行っていたが、中でも恋川春町は自分で文章も絵も描いていた。漫画のルーツはむしろこっちの方かもしれない。

 「漫画」という表記は江戸、明治、大正を経て昭和30年ごろまでは主流だったが、コミックスという言葉が登場する昭和40年ごろからはカタカナの「マンガ」という表記が主流となる。露天や駄菓子屋で売られていた赤本、貸本屋で貸し出されていた貸本では「漫画」を使うことが多いが、書店で売られていた週刊雑誌、単行本には「マンガ」を使っている。

 昭和の終わりから平成にかけてマンガはアニメの原作本として海外で広く認知されることとになり、日本のマンガを総称して「MANGA」と呼ばれるようになる。この頃から世界各地でMANGA展が開催されるようになり、今や「MANGA」は世界共通語になっている。

3つのマンガ文化圏のせめぎ合い


 世界には3つのマンガ文化圏があると言われている。1つはアートの要素が強いB.D(バンド・デシネ)を擁するフランス文化圏、次にアメコミなどスーパーヒーローモノで世界を席巻しているアメリカ文化圏、最後がMANGAの日本文化圏だ。

 このうちフランスではMANGAを含めた日本の文化に対するリスペクトの度合いが強い。大量に売れた作品よりも、フランスでは表現力のある作品への評価が高い。フランスと日本のマンガの親和性は高く、様々な協力体制ができてきている。

 問題はアメリカである。もともと自国第一主義の傾向が強いところなので、文化、経済の面でも世界を席巻しようという志向がある。スーパーマンが最初に登場した1930年代以降、アメリカのマンガ文化を世界標準化するために様々な戦略を練ってきた。アメコミを各国語に翻訳したり、ハリウッドと組んでスーパーヒーローやディズニーのキャラクターを映像化することでその目的はもう少しのところで達成されるはずだった。

 ところが戦後、占領下にあった頃から日本で独自のマンガ文化圏が急速に発展してきたのである。その最大の功績者は手塚治虫。彼の登場によりアメリカの戦略に狂いが出始めた。

何でもマンガにしてしまう日本


 日本マンガ文化の最大の特徴は、何でもかんでもマンガのテーマにしてしまうという多様性にある。およそ日本のマンガにならないテーマは存在しないと言われるほどだ。

 アクションモノに特化したアメリカのマンガ文化では太刀打ちできないほど拡大を続けてきた日本のマンガ。それをを支えてきたのは、あらゆるジャンルをマンガのテーマにしてきたマンガ家手塚治虫の存在だけではない。

 彼の後継者たちが積み上げてきた戦後マンガの蓄積が大きな力になっている。戦後まもなく発行された赤本、貸本漫画、マンガ雑誌とりわけ少女マンガ誌、その付録、単行本の集大成が日本のマンガの源泉となっているというわけだ。

狙われる日本のマンガコレクション


 とすればこの蓄積をアメリカが入手できれば、日本のマンガ文化をそっくりアメリカが受け継ぐことができるというわけだ。アメリカのマンガ研究者たちはこぞって日本のマンガコレクションを手に入れようと躍起になっている。特に日本のマンガ研究を進めている大学の動きが活発だ。

 アメリカにとって幸いなことに、日本のマンガのコレクションは個人ベースで進められているので狙いやすい。今、日本のコレクターたちは収集保存にかかる費用とスペースの確保に苦しんでいる。

 そこに「あなたのコレクションは大変価値があります。アメリカで大切に収蔵して次世代に残そうと考えています。いくらかのお金も用意しましたので私たちに譲ってください」と言われたら心は動くだろう。

 私も長年、マンガを収集し、また、約30年間、絶版漫画の専門店を営んできたが、私のところにもそんな話があった。「今度新設される大学の図書館に日本研究の一環としてマンガを大量に収蔵したいと思います。橋本さんのコレクションを譲ってもらえませんか」

 相当悩んだ末に断った。それは貴重なコレクションがマンガが海外に流出してしまうとかつての浮世絵のようなことにならないかと心配したからだ。

日本の浮世絵が海外の美術館にある理由


 日本独自の文化、伝承は妙にありがたがられる傾向がある。

 では現在、日本が世界に誇る浮世絵の名画の多くを、なぜ海外の美術館が所蔵しているのだろうか。美術評論家の瀬木慎一氏はこう述べている。

① 浮世絵の芸術的価値は、はじめはもっぱらヨーロッパ人によって認められた。パリ、ロンドン、ウィーンで19世紀中頃に開催された万国博覧会に出品された日本の浮世絵や工芸品などが注目され、西洋の美術、工芸、装飾などの幅広い分野に影響を与えたジャポニズムである。

② 明治以前においては、浮世絵は日本人がほとんどまったく何も知らないままに、来日した少数の外国人によって買い漁られた。明治以後は、引きつづき来日した多数の外国人によって計画的に買いつけられ、また、ようやく(浮世絵の芸術的価値に)めざめた日本人によっても積極的に外国人に売り込まれた。

③ その結果、浮世絵の第一級の作品は、大多数が、明治年間の終わりまでに、日本から姿を消してしまった。
(参考:日本浮世絵協会会誌『浮世絵芸術』24号1969年)

 ではなぜ、当時の日本人が浮世絵の価値が分からなかったか。当時の日本において芸術的価値のある絵と言えば、狩野派、土佐派の本絵師の作品であり、浮世絵は庶民の生活に根差したサブカルチャーだったからである。

浮世絵とマンガ


 まるで、今のマンガとまったく同じではないか。かつての浮世絵がそうだったように、マンガも将来、同じ運命をたどるのであろうか。

 マンガの海外流出を食い止めるには、まず日本のマンガの価値を日本人が正しく認識することから始めなければならない。マンガが海外から評価されているのはそれがサブカルチャーであり、キャラクターが重視され、多様なジャンルを形成しているからである。

 コレクションの価値を認識しなければならないのは個人レベルだけではなく、国レベルの話だ。文化庁あたりが主導して日本のマンガの海外流出を本気で止めないと浮世絵の二の舞になってしまう。

 ただ浮世絵の場合は主要なコレクションはほとんど海外に渡ってしまったが、マンガは一部の有力なコレクションは海外に行ったものの、まだこれからが勝負どころだ。

 日本人がその本当の価値に気づいていないのはマンガだけではなく、妖怪も忍者も同様だ。ヨーニンマンとして3つのコンテンツをまとめて考えていくことで、妖怪という自然現象を象徴する存在とどう向き合っていくのか、忍者がどうしてこれほど外国人の心を捉えるのかといった課題も見えてくるのではないだろうか。

ハリウッドが狙うYOKAI


 そんな時に、情報源は明かせないが、ハリウッド映画が水木しげる妖怪のキャラクター使用権を入手すべく密かに動いているという情報が飛び込んで来た。妖怪がYOKAI として世界のキャラクターとなって認知度が高まっていくことには賛成だが、そこにはちょっとした不安もある。

 妖怪は自然を司るカミガミの零落した姿だという考えがある。人間が勝手な振る舞いを始めた時、カミガミは妖怪の姿となって警告を発してきた。つまり妖怪は自然からのメッセージを伝えるための重要な手段として機能してきたと言える。

 ところが妖怪をハリウッドがキャラクターとして使うことになると、これはもう完全なエンターテイメントの手段になってしまう。

 ここで思い出すのが特撮映画「ゴジラ」のことだ。最初の作品(ファーストゴジラ)は原水爆の恐ろしさ、科学の暴走を警告する映画だったが、アメリカでは長い間封印され見ることができなかった。

 そんなメッセージ性が消されて単純なエンターテイメントの作品になったゴジラを見て育ったのがハリウッドの映画監督スピルバーグだ。いつかこんな映画を作りたいと思い続け出来上がったのが「ジュラシックパーク」だ。

 日本が生み出した「怪獣」というキャラクターを実在の「恐竜」に置き換えたことで空前の大ヒットとなり今でも続編が作られている。そのセンスには脱帽するしかない。

 ただ最近になってファーストゴジラがアメリカでも公開され、その強烈なメッセージ性にOTAKUたちは改めて日本のサブカルチャーの底深さに驚いている。スピルバーグが子供の頃にもしファーストゴジラを見ていたら、もっとメッセージ性の強い別の作品が生まれていたのかもしれない。

 私は妖怪についても同じような感想を持っている。日本が生み出した妖怪というキャラクターも、おそらくハリウッド流に作り変えられ大ヒットしていくことだろう。しかし妖怪が本来持っていたメッセージ性を残したまま作られるとしたら……。

 地球温暖化、砂漠化、酸性雨、異常気象などの地球環境問題に妖怪たちが立ち向かっていく。そんな作品ができればいいなぁと思っているが、やっぱり妄想かなぁ。

【橋本博(はしもと・ひろし)】
NPO法人熊本マンガミュージアムプロジェクト代表
昭和23(1948)年熊本生まれ。熊本大学卒業後、県庁職員などを経て、大手予備校講師。昭和62年絶版漫画専門店「キララ文庫」を開業(~平成27年)、人気漫画『金魚屋古書店』(芳崎せいむ、1~16巻、小学館)のモデルとなる。平成23年、文化遺産としてのマンガの保存・活用や、マンガの力による熊本の活性化を目指すNPO法人熊本マンガミュージアムプロジェクトを立ち上げる。平成29年、30年以上にわたり収集した本を所蔵した「合志マンガミュージアム」を開館。崇城大学芸術学部マンガ表現コースの非常勤講師も務める。

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