北方領土は1島たりとも戻らないのに……ロシアの「結婚サギ」にダマされてる日本

<文/グレンコ・アンドリー『ウクライナ人だから気づいた日本の危機』連載第14回>

ロシアにメロメロの親露派言論人と大手メディア

 日本の親露派言論人は一斉に、「ロシアはいい国で、日本と友好な関係を築ける」と言って、実態も知らずに「ロシアには反日教育がない」などと主張している。彼らは、今のロシアは昔のソ連と違って親日の人が多くて、プーチンも日本文化に共感していると思い込んでいる。だから日本とロシアは、協力したらお互いに利益となるウィンーウィンの関係で外交を進められると言う。  さらに彼らは、近代化を目指しているロシアは日本の技術を求めている、だから日本は技術を提供して、ロシアに恩を売ればいい、その借りによってロシアを日本に有利に動かせる、というような脳天気なことを主張している。  日本の大手メディアも似たようなものである。ロシアにはアニメや日本文化が好きな人が多いと報道し、また、ロシアには美女が多いなど、日露外交とは関係のない、どうでもいいことを話題にしている。フィギュアスケートなどロシアのスポーツ選手を取り上げて、親近感を沸かせるような報道も目に付く。  さらにプーチンのことを、柔道が好きだとか、遅刻する癖があるとか、日本から秋田犬をもらった代わりにシベリアの猫を贈ったなど、一般的に誰でも共感を持つようなプーチンの人間味のあるエピソードを流したりしている。

日本人が知るべきは「ロシアの本質」

 しかし、外交関係において、このようなプーチンのエピソードなどはまったくどうでもいいことである。こういった報道は、事実上の印象操作である。なぜなら、日本人がロシアについて、そして指導者プーチンについて知らなければならないことは、このようなどうでもいいネタではない。  日本人が知るべきは「ロシアの本質」である。つまり、ロシアはどういう国か、ロシア国民は自国の歴史や、国際情勢をどう認識しているのかなど、日本に直接影響し得る問題についてである。  それにもかかわらず、このような平和ボケを醸し出す報道をする日本のメディアは、単にレベルが低いのか、それとも何らかの意図をもって、わざとロシアの本質が見えないような報道の仕方をしているのか。いずれにしても、このような報道は結果的にロシアとプーチンの本質を隠すものであり、日本人にとって有害でしかない。

ロシア人の歴史認識

 そのような報道に洗脳されている多くの日本人の誤解を解くために、まずはロシア人はどういう歴史認識を持って、自国の歴史についてどう考えているのか、教えよう。  ロシア人の歴史認識は大国意識に基づいている。過去にどんなに酷いことをしていても、それを正当化する。一切間違いを認めない。だからロシアは過去に犯したすべての侵略を賞賛するのだ。  また今のロシア人の間では、スターリンは偉大な指導者として認識されている。スターリンは近代化を実行して、第二次世界大戦でソ連を勝利に導き、ソ連を世界から恐れられる大国にしたと。ちなみにロシア人は、自国が世界中から恐れられている、脅威として思われているということを、最も誇りに思う民族である。つまりロシア人がロシアに対して世界に共有してもらいたいイメージは尊敬ではなく、恐怖なのだ。  またロシア人にとってロシアの最も重要な歴史とは、第二次世界大戦における勝利である。その勝利はロシア人の精神的な拠り所であり、いわば国家正当性の源である。「ロシアはなぜ偉いか?」と聞かれたら、「第二次世界大戦で勝利したから」と答えるであろう。だからロシア人は、決してこの認識から離脱することはあり得ない。常に自分が戦勝国であることを強調して、その立場から物事を考える。その認識の中ではいつまでも、日本はロシアが負かした敗戦国ということである。何年経ってもそれは変わらない。

日本に対してだけは「ロシアは約束を守る」とでも?

 ロシアという国の歴史は、侵略や拡張主義の繰り返しである。だからこそロシアはあれほど広い面積を領有しているのだ。ロシアは1700万平方キロ、つまりアメリカ合衆国のほぼ二倍、日本の44倍の面積を所有し、しかもその領内はあれだけの天然資源に恵まれている。  しかし、ロシア人にとって、領土はいくらあっても足りない。普通に考えれば、あれだけの領土に恵まれたら、十分過ぎるだろう。ロシアより何倍も何十倍も小さい、世界のほとんどの国は領土拡大を考えていない。しかし、世界で最も面積の広い国だけが、常に領土拡大を企んでいる。既に持っている領土の開発は、ロシアは考えていない。新たな領土を他国から強奪することだけを考えているのだ。合理的に考えれば要らない領土であってもロシア人は欲しがる。  もう一つの特徴とは、「ロシアは約束を破るために約束をする」ということだ。先述した、ソ連による対日の騙し討ち侵略戦争はその著しい例であるが、それはあくまで一例に過ぎない。  ロシアは自ら結んだ条約を平気で破ることが歴史上頻繁にあることである。そもそもロシアにとって約束というのは、相手を油断させる道具に過ぎない。つまり、ロシアと約束することによって、相手は安心して、当面ロシアから脅威がないと思い込む。安心してロシアに対して油断したところでロシアはその隙を突くということだ。  よく勘違いされるのだが、「ロシアは都合がいい時だけ約束を守るが都合が悪くなったとき約束を平気で破る」と言われているがそうではない。ロシアは最初から約束を守るつもりはまったくない。最初から約束とは相手を油断させて、相手を攻撃する道具なのだ。それを常に念頭に置かなければならない。

「親日国家ロシア」という勘違い

 一部の日本人はロシア人が親日であると勘違いしている。その理由として、ロシアでは「日本のアニメが好きな人が多い」「日本文化で興味を持っている人が多い」「日本の武道を習っている人が多い」などといったことが挙げられる。しかしこれは大きな勘違いである。  アニメや武道など、日本文化が好きな人の多い国は親日になるのか? たしかに一見そうも見える。だがよく考えてみてほしい。  世界中で、日本が好きな人が最も多い国はどこか。間違いなく中国である。中国人の多くは日本のアニメやJポップで親しんでいる。また、日本の武道は非常に人気であり盛んだ。中国の選手は、柔道などの世界大会において優勝することが多い。  日本文化好きの人口は中国が第一だろうが、比率で言えば日本文化の好きな人の比率が最も高い国は韓国である。それでは、日本文化が好きな人が多いからといって、その国は親日になるのか。決してそうではないことは、中国と韓国を見れば明らかである。ご存じ中国や韓国は、世界で最も過激な反日国家である。  同じように、日本文化が好きなロシア人がいくらたくさんいても、「ロシアも反日国家」である。

「日本のアニメ好き」のロシア人は「日本好き」か?

 もう一つ、日本文化の好きなロシア人は日本全体をどう思うのか。筆者も個人的に日本のアニメに興味を持っており、ロシア語ができるゆえ、日本のアニメが好きなロシア人のコミュニティに交流を持ったことがある。だが、残念ながら彼らは決して日本全体をよく思っていない。  接して分かったのは、彼らがあくまで日本のアニメだけが好きであり、政治的には反日であるということだ。彼らは揃って、北方領土はロシアの正当な領土だと主張して、それを日本に絶対返還してはいけないと言っていた。また、日本はかつて、ヒトラーの味方であったため、政治的に日本に一切の配慮をすべきではないとも言っていた。  筆者はかなり多くのロシア人から聞いたので、恐らくアニメが好きな人の代表的な意見であろう。日本にもっとも友好的なはずの層ですら、このような対日認識を持っている。ロシア人全体で考えれば言わずもがなであろう。これで、ロシア人の日本に対する考え方はご理解いただけたかと思う。

中国はロシアの「元カノ」ではない

 以上のようなことを考慮に入れて、日本人のロシアに対するもう一つの勘違いを解きたい。それは、「ロシアは中国を抑止することに役に立つ」という見解である。  一部の日本人はこのように考える。即ち「日本がロシアに友好的な態度を取り、北方領土の大部分を割譲して技術や資金を無償で提供すれば、ロシアは反日政策を取らずに、中国の拡張主義を抑止することに協力するであろう」ということだ。  しかし、このようなことは絶対にあり得ない。  中国とロシアは事実上の同盟国であり、経済関係も深いからである。ロシアにとって中国は第一の貿易相手でもある。ロシアと中国は、切っても切れない関係なのだ。 このような事実に対して、「中国のことが嫌いなロシア人はたくさんいる」と反論されることがある。  では、例えば日本には、アメリカのことが嫌いな日本人はたくさんいる。では、それで日米同盟が揺らぐことがあるのか。日本はアメリカに対して敵対的な態度を取ることができるのか。できるわけがない。なぜなら、日本は安全保障の面でアメリカに依存しているからだ。  同じように、ロシアも中国に依存しているので、中国の拡張主義を抑止することに協力できない。しかも、日米の場合は日本がアメリカに依存する今の体制から少しずつ脱却していかなければならないのに対して、ロシアはこれから中国に今よりもっと依存していくのだ。その流れは変えられない。だから、中国抑止のためにロシアを使うということはあり得ない。

日露経済協力がもたらすもの

 だから、日本による対露経済支援は、中国封じ込めにまったく役に立たないのである。しかし、日本政府は堂々と日露経済協力を進めると言っている。では、その「協力」にそれ以外の意味があるのか。  そもそも「経済協力」と言えば聞こえはいいが、実際は協力でも何でもない。日本による一方的なロシア支援である。  この支援がどのような結果をもたらすのか。決して中露への楔や北方領土返還ではない。実際にそれがもたらすのは、「ロシアの強化」である。  最初から言っておくが、日本による支援でロシアが必ず強くなるとは限らない。それは支援の規模や、その支援をロシアの権力者がどう利用するかによるものなのだ。とは言え、日本の支援によってロシアは強くなる可能性がある。  それでは、もしロシアが日本の金で経済を再建して、近代化すればどうなるのか。その答えはここ数十年の歴史にある。1970年代以降、日本は対中ODAを始め、さまざまな形で中国を支援していきた。今のロシア支援方針と同じく、「恩を売ったら、中国は親日になるだろう」という夢を抱えながら。  しかし、結果は真逆だった。日本の支援で強くなった中国は、侵略の牙を日本そのものに向けたのだ。前世代のお花畑思想のツケが現世代に回ったのだ。 もし日本の支援によってロシアが強くなれば、中国と同じように侵略の牙を日本に向けるであろう。  今のロシアは日本にとって脅威ではないという意見があるが、そのポイントは「今」ということだ。今のロシアは日本にさらなる(北方領土には既に侵略しているので)侵略する力がないからそれをしないだけである。40年前の中国と同じく。  しかし、ロシアがもしその力を持ってしまったら、間違いなく日本侵略に乗り出すであろう。この200年の間に何度もそうしたように。だから、日本の安全保障を考えれば、ロシアを絶対に支援してはいけないということである。

北方領土を取り戻す方法は一つしかない

 それでは、北方領土を取り返すにはどうすればいいのか。北方領土返還の方法について考える時に、何よりも大事なのは、焦らないことである。  そして、問題解決の期限を設けないことである。期限を設けて、「何年何月まで解決しなければならない」としてしまうと、日本は足元を見られて、相手、つまりロシアは譲歩せずに期限まで待てばいいだけという状態になる。そして期限が迫ったら、日本は問題を解決するために領土を放棄しなければならなくなる。だから第一のポイントは、返還の期限を設けないことである。  そして、第二のポイントは立場を一貫して、全島全域返還をいう立場を崩さないことだ。一度立場を崩してしまうと、元の主張に戻せなくなるからである。

日本は夢から目覚め、現実的対応をせよ

 では、返還の方法は具体的にどうすればいいのか。それは、今の力関係では返還は無理だと認識して、再軍備することである。  そして、再軍備と同時に返還に必要なさまざまな準備をすることだ。例えばインフラ的な準備や、返還後の北方領土を管理する人材の育成を行う。そして常に北方領土奪還の訓練を自衛隊で行う。つまり、取り返せる実力を身につけることだ。それがないと北方領土は取り返せない。  準備を万全にして、機会を伺うのだ。ロシアは将来必ず弱くなる。弱くなった時、実力で取り返すか、実力を背景にロシアに全島返還を迫るのだ。それは十分可能な展開だ。その力を持てるかどうかは日本の頑張り次第であるが、筆者は必ずやらなければならないと確信している。

それまでロシアとどう付き合うべきか

 それでは、北方領土返還の機が熟すまで、ロシアとどう付き合うべきか。  それは簡単である。日本に力がない間は、ロシアに対して強く主張する必要はないが、領土問題における立場を崩さずに、また、ロシアを支援せずに、適切な距離を保って外交関係を持てばいいのだ。深入りをせずに、国際的な礼儀だけを守り、適当に付き合ったらいい。ロシアの言うことには適当に頷いておけばいい。  だが、絶対に信じてはいけない。これは最も現実的であり、最も日本の国益に適うロシアとの付き合い方である。 【グレンコ・アンドリー】 1987年ウクライナ・キエフ生まれ。2010~11年、早稲田大学へ語学留学で初来日。2013年より京都大学へ留学、修士課程修了。現在、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程で本居宣長について研究中。京都在住。2016年、アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門で「ウクライナ情勢から日本が学ぶべきこと――真の平和を築くために何が重要なのか」で優秀賞受賞。月刊情報誌 『明日への選択 平成30年10月号』(日本政策研究センター)に「日本人に考えてほしいウクライナの悲劇」が掲載。
1987年ウクライナ・キエフ生まれ。2010~11年、早稲田大学へ語学留学で初来日。2013年より京都大学へ留学、修士課程修了。現在、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程で本居宣長について研究中。京都在住。2016年、アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門で「ウクライナ情勢から日本が学ぶべきこと――真の平和を築くために何が重要なのか」で優秀賞受賞。月刊情報誌 『明日への選択 平成30年10月号』(日本政策研究センター)に「日本人に考えてほしいウクライナの悲劇」が掲載。
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