世界文化遺産から読み解く世界史【第62回:皇帝の絶大な力――兵馬俑坑】

兵馬俑

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兵馬俑の歴史的価値と芸術的価値

 秦では、宮殿やその陵の造営のために70万人以上の者が動員されたといわれます。兵馬俑が発見されたのは1974年のことでした。戦後発見された世界最古級・最大級の遺跡です。兵馬俑の数は7000体以上。遺跡の中には陶製の兵馬俑と木製の戦車が整然と並べられていました。東西210メートル、南北60メートルの長方形の1号坑など非常に巨大です。  しかし、その兵士の姿を見ると、これが意外に画一的なのです。身長は1.7メートルから2メートルほどですが、一部の例外を除き、容貌や服装はほとんど同じようにつくられています。たいへん写実的につくられていますが、そこに性格描写はありません。人格的なものは感じられないのです。写実的ではあるけれど、芸術と呼ぶことはできません。  ですから、それがどれだけ多くつくられていても、芸術的な観点からは、そう大したものではないと感じられるのです。それはなぜかというと、ルネサンス以降の芸術や日本の仏像彫刻にあるような個性が欠けているからです。量的には確かに圧倒的なのですが、質的な高さをともなっていません。そしてこれが、中国の文化の特色でもあると思われます。もう少し踏み込んでいえば、個人性というものをより豊かにしよう、深めようという、そういう感覚がないということなのです。    それはなぜかというと、儒教や道教がやはり共同宗教として受容されていて、個人の悩みや苦しみといったものを受け入れる個人的な宗教、個人的な哲学といったものが欠けているからです。このことは漢詩を見てもわかるように、恋愛というものがほとんどうたわれていません。個に基づく感情を大事にするというと頃が不足しているのです。  ですから、中国の文化では、基本的に愛は語られません。同時に、人間の煩悩や執着に対する反省、悟りのような仏教の本質も深く理解することができないのです。ですから、中国に仏教は根づかなかったといっていいでしょう。仏像にも質の高いものが少ないのです。  仏教が入ってきたのは非常に早く、1世紀頃には入っていて、西安にも最初の仏教のお寺ができました。施設はあるのです。経典もたくさん訳されはしました。しかし、それが仏教文化として根づくことはなかったというべきでしょう。 (出典/田中英道著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社) 【田中英道(たなか・ひでみち)】 東北大学名誉教授。日本国史学会代表。 著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本文化のすごさがわかる日本の美仏50選』『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』『日本国史』『日本が世界で輝く時代』ほか多数。
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