有本恵子さん拉致事件の再捜査を!――「チュチェ思想研究会」というミッシングリンク
拉致被害者・有本恵子さんの母の死
1983(昭和58)年に北朝鮮に連れ去られた拉致被害者の有本恵子さん=拉致当時23歳=の母、嘉代子さんが2020年2月3日、亡くなった。94歳だった。拉致問題の関係者からは、嘉代子さんを悼み、拉致問題の進展を誓う声が相次いだ。 だが、拉致問題は2014年 5 月に日朝政府間協議で、北朝鮮側が拉致被害者を含むすべての日本人に関する包括的かつ全面的な調査の実施を約束した「ストックホルム合意」以降、進展していない。 この有本恵子さんの拉致問題について、元日本共産党国会議員秘書の篠原常一郎氏と政治学者の岩田温氏の対談が話題を呼んでいる。篠原氏と岩田氏は『なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか』(育鵬社)の中で、北朝鮮の国家イデオロギー「チュチェ思想」を日本で勉強する人々による「チュチェ思想研究会」が拉致問題のミッシングリンクになっており、再捜査が求められると主張しているのだ。その議論を紹介したい。「よど号ハイジャック事件」の犯人らを洗脳
篠原 チュチェ思想と日本のかかわりについて、避けて通れない問題があります。それが、1970年3月31日に起こった「よど号ハイジャック事件(よど号事件)」です。この日、新左翼過激派集団である共産主義者同盟赤軍派のメンバーら9人が、日本航空の旅客機「よど号」をハイジャックしました。このよど号は国内便ですけれども、平壌に亡命飛行をさせたという事件ですね。 1970年頃は、第二次安保闘争が盛んになった時期で、過激派といわれる新左翼の人たちが全国各地でデモをしたり、暴力的な抵抗運動をやったりしていた時期なんです。その中でも、特に過激で、武力闘争路線を採っていたのが赤軍派といわれる人たちです。そのメンバーらは山の中にアジトを作って、軍事訓練を行い、武力によって資本主義体制、日本の体制の転換を図ろうと、そういう革命を目指す活動をしていたグループでした。軍事訓練といっても、本当の軍隊から見れば子供のお遊びみたいなものなんですけど。 しかし、次々に警察の取り締まりにあって、アジトも潰されて逮捕者もどんどん出る中で、彼らは追いつめられていった。そこで、彼らの主要メンバーが海外に亡命して、社会主義国に国際的な拠点を作って、世界的な革命を起こそうという路線の下に起こしたのが、このよど号事件なんです。 岩田 北朝鮮には、赤軍派議長の塩見孝也という人も行くはずだったんですよね。 篠原 このよど号事件は、チュチェ思想の洗脳という点で、非常に大事な点があります。なぜこの自由な日本で、独裁者が世襲して支配する全体主義国家を支える思想が普及されてしまうのかとの疑問があります。そのヒントが、よど号事件にあるのではないでしょうか。 よど号の犯人らは70年安保闘争で大変な挫折感や敗北感を味わった。そこで、起死回生を狙うべく海外から働き掛けをしようということで、この事件を起こしました。犯人たちは、半年ぐらいしたら日本にまた密入国して、革命闘争を行おうということを考えていたんです。 岩田 そうそう、それが最初の目的なんです。「金日成をオルグする」と言っていたんです。 篠原 彼らは当初、「世界革命戦争」戦略という自分なりの革命路線の考え方を持っていた。そのために北朝鮮の政府を説得して、彼ら流に言えば論破して考えに従わせて、北朝鮮を革命の拠点として提供させ、そこを基地にして軍事訓練も受けて日本に帰るつもりだった。「ずいぶん上から目線だな」と思うけど、共産主義者は自信を持つとそういうふうに傲慢な考えになっちゃうんです。だけどそれはまったく権力のない共産主義者の妄想ですよね。 それに対して、北朝鮮側はよど号犯人の亡命を受け入れて、彼らを「招待所」に幽閉しました。一見豪華で、何不自由なく暮らせるんだけれども、人里離れていて、自由がないという場所に。そこで彼らに徹底したチュチェ思想の思想教育を行ったんです。 先ほども紹介した高沢皓司氏の『宿命―よど号」亡命者たちの秘密工作』に、ハイジャック犯の人たちが書いた手記が掲載されています。チュチェ思想の教育が日課になっていて、1日の授業が終わると討論の時間があり、教授や指導員たちの気に入る答え以外の答え方をした者には、再び同じ学習が繰り返されたそうです。 これはまさに典型的な洗脳教育を行っているわけです。彼らは国を捨てて、幽閉されている状態で、徹底してこっちが正しいということを繰り返され、選択の余地のない形で追い込まれていく。物理的な強制や拷問などではなく、ただ、しつこく説得されるわけです。そうすると、そっちの方向にだんだん考えが傾いていく。そういう形で、約5年かけて洗脳教育が行われ、「首領への絶対的忠誠」を叩き込まれた。よど号犯人の配偶者獲得のために日本人を拉致
篠原 ところが数年経って、一つの問題が出てきた。彼らはみんな独身だから、配偶者を獲得しなければならないという問題が、朝鮮側から提起されるんです。本来、普通の社会主義国でこういうことをやるのであれば、例えば、朝鮮なら朝鮮の配偶者をあてがうということもあり得る。だけどチュチェ思想というのは、民族の自主、自立というのを重視していて、それぞれの民族が自主化されていくことが大事と考えている。これは極めて朝鮮民族的だと思うんです。要するに、教義に民族の習わしが入ってきちゃっている。 僕には在日朝鮮人の親戚もいますよ。でも結婚する時に相手の方が同じ民族でなかったら、すごく反対しますね。義理の弟がソウル出身の女性と結婚する時も、向こうの親族は猛反対していました。結婚したら仲良くなっちゃうんだけど。外国人と交わるということに対して、我々日本人以上の拒否反応があるんですね。 岩田 それは黄長燁のチュチェ思想の中にも明確に示されています。徹底した民族主義なんです。民族というものを異常に重視する姿勢がある。金一族は聖家族として、血統として絶対に交わらない。ずっと世襲して指導者層になっていくということを決められていますから、混ざることを嫌うんです。彼らにはまったく近代人権意識というものが芽生えていないと言わざるを得ない。 篠原 ですから、日本人と朝鮮人の血が交わってはいけない。こういう徹底した血統主義の上に立っている。よど号犯人は、日本人から配偶者を求めることを勧められました。彼らのうち一人は、元々日本に恋人がいたので、その人を呼び寄せることに成功しました。その他の人も、日本人の妻を獲得するということになった。つまり、自分らの「配偶者獲得」という「革命事業の世代継承」に取り組んだわけですね。 そこで、日本のチュチェ思想研究会に入っている女性労働者のメンバーが、「朝鮮に行ってみないか」と説得されて、北朝鮮へ見に行って、今度はこういう人たちがいるけど結婚しないかと迫られて、やむなく結婚するという形で、配偶者を獲得することになったわけです。 だから、よど号犯人の妻たちは、その多くが日本のチュチェ思想研究会の参加者なんです。 岩田 これは、納得ずくとはいえ、一種の日本人拉致ですよね。 篠原 そう思います。チュチェ思想がどれほど有害であるかを端的に示しているのが、日本人拉致問題です。大事な洗脳のポイントがあります。「義理」って言っています。これは何かというと、当時の指導者の金日成主席と朝鮮労働党は、外国から来た考え方も未熟な人たち(よど号亡命者)を温かく受け入れて、何不自由なく暮らさせて、結婚までさせてくれる。この恩義を返さなければならない。「チュチェの思想に基づく朝鮮の国造りに協力しなければならず、この思想を普及して、革命を進めなければならない」と、洗脳によって考えが変わっていったんです。 では、チュチェ思想に基づいて、日本でどういう革命を進めるべきかという話に進んだ時に、日本人の同志を作っていかなければならないという議論になった。そのためには、ある程度、世界観もできちゃった年寄りではなくて、若い人を仲間に組み入れなければならないということで、日本人留学生を拉致していく作戦を配偶者と共に組んでいくわけです。 当時、割と進取の気性のある日本人の若者たちは、ヨーロッパを中心に留学したり、バックパッカーとして旅をしていた。その若者たちに対して、奥さんを独身者のように装わせて、ヨーロッパで声を掛けさせた。海外で日本人に会うとすぐ友達になっちゃいますよね。日本人のそういう習性を利用して、北朝鮮に誘うんです。ヨーロッパ留学中に行方不明になった人の一人が有本恵子さんでした。 岩田 留学生拉致作戦の後は、対日潜入工作まで始めますよね。偽名入国した妻に、日本での工作拠点を作らせたりしている。 篠原 このよど号事件を見ていくと、チュチェ思想およびチュチェ思想研究会が、明確に日本人拉致に関与していることが分かりますよね。犯人らの多くは関与を否定していますが。 しかし、よど号の犯人9人全員が、チュチェ思想に納得していたわけではないんですね。リーダーの田宮高麿を含めた何人かは、この思想に完全には染まらなかったんです。配偶者ができてからも、夫婦で納得いかない人もいたみたいです。 それで、日本人拉致作戦をやる頃には2人ほど行方不明になっています。7人プラス配偶者でやっていたわけですね。やがて子供ができて、大きな集団になるんですけれども。はっきり言うと、チュチェ思想に染まらなかった人は消されたんだと思います。 岩田 よど号の犯人の経緯を見てみますと、チュチェ思想に騙された日本人の方は、本当に悲劇ですよね。リーダーの田宮は1995年に謎の怪死を遂げています。 篠原 田宮の急死はおかしいんです。先ほどの高沢氏の現地ルポおよびインタビュー紙を読みますと、田宮という人はチュチェ思想とちょっと違うんですね。相手も馬鹿じゃないですから、その微妙な違いというのが分かっているから、様子を見ていて、最後に病気になったきっかけに、殺っちゃったのではないでしょうか。共産国家はしばしば病気を使いますから。 僕のペンネーム「古是三春」の元ネタであるミハイル・フルンゼという人は、胃潰瘍の手術で殺されています。胃潰瘍になって、手術の時に殺っちゃえということで殺されているんです。彼らは、そういった医療事故を装って殺してしまうことがあります。 岩田 または精神病にしちゃうとか。 篠原 だから田宮は、それで消されたんじゃないでしょうか。 岩田 その高沢氏も左翼運動をされていた人ですよね。 篠原 もちろん連合赤軍のシンパだった人ですよ。でも高沢氏はよど号事件を通じて、チュチェ思想をおかしいと思ったようです。それで拉致被害者を取り返す運動の中で、講演をしたこともあるんですよ。よど号の話をしているんだけど。 よど号の犯人らは、その後いろいろ工作活動の中で逮捕者も出るんですけれども、それ以外の人たちは、まだ北朝鮮にいます。そして、チュチェ思想から転向したわけではないんですね。引き続き対外工作をやっている可能性があります。 そして、彼らにはそれぞれ子供がいて、その多くが親元と日本との間を行ったり来たりしている。彼らの子供たちは、親とは関係なく、健全な市民として暮らしているかどうかということも疑われています。あまり言うと差別になるから、そういう根拠が薄弱な疑いを口にすることは憚(はばか)られるんだけども、いろいろ疑問な点もあるようですから、まだまだ考えなければならない問題ではないかなと思います。日本人拉致事件に関与したよど号メンバーの妻
岩田 先ほど紹介した『謝罪します』(文藝春秋)という本を書いた、よど号犯人と結婚した八尾恵という人がいます。この人は、よど号メンバーの妻として有本恵子さんの拉致にかかわった人です。 八尾氏は1955年生まれ、尼崎の出身で、八尾氏の住んでいた家の近所には気の毒な在日朝鮮人の家があったそうです。彼女は「朝鮮人ってかわいそうなんだな」と思っていた。 そんな折、朝鮮人のお友達からお兄さんがチュチェ思想研究会が主催する映画があるから見に行こうじゃないかと誘われます。そして映画を見に行ったところ、とても感動したんですね。そしてそこで素直に名前と住所と電話番号を書いたんです。すると今度は家まで来て「チュチェ思想の勉強会に行きませんか」と誘われたので、勉強会に行くようになった。しかし、どうも面白くないということで、いったん逃げ出すんです。だけどまた、彼女のお兄さんの友達を伝って来たので、仕方なく活動を再開しました。 ある日、八尾氏は自分から「私はもっと実践的な活動をしたいのに」と言ったんです。そうしたらある男が来て、「もしかしたら実践的な活動ができるかもしれない」と言われて、胸をときめかせたんですね。ただ、「海外にこのまま行けるか」とせっつかれたり、「親に言わないでほしい」と要求されたり、さらに、「安心してください、保険事務所で働いています」などの嘘の手紙を10通ぐらい書けと求められ、そういった手紙を書いた。 さて、彼女は「自分は北朝鮮に行って勉強ができる、2〜3カ月留学できる」と思って、いざ北朝鮮に行ってみたら、いきなり「よど号の犯人と結婚しろ」と言われ、柴田泰弘と結婚させられてしまった。 篠原 その後、八尾氏は1984年に革命のための人材を得る目的で日本に帰国し、偽名を使って米海軍基地のある横須賀でスナックを始めて、「オルグ活動」をやり始めたんです。「オルグ活動」とは、左翼の言葉ですね。僕もかつては使っていました。お客から仲間を引っ張り込んでということを始めたんですけど、ひょんなことから逮捕されてしまう。その後、八尾氏は有本さんの拉致の全貌についてもあからさまに語るようになった。そういった対日潜入工作あるいは対外工作の中で、柴田もタイで逮捕されて、日本に引き渡されています。 岩田 八尾氏が目覚めたきっかけは、オウム真理教の事件を見たことです。「地下鉄サリン事件」を見て、自分たちがやってきたことは、これとまったく同じではないかと思ったそうです。自分は正しいと思って、人を拉致すれば革命の戦士になるのだから、拉致された人からは後で感謝されるはずだと思っていた。だけど感謝なんかされない。それどころか、その人の人生を破壊しただけだったということに気付いたそうです。 ヨーロッパで、よど号犯たちが人を拉致してくる時も、なんでこんなに素晴らしい革命に身を捧げることができるのに、不幸がっているのか理解ができなかった。 篠原 その人の意思にかかわりなく、「この人にとって幸せなはずだ」と思い込んでしまう。 岩田 私はこれはマルクス・レーニン主義のレーニンの考え方だと思います。個人というのは資本主義に毒されているから、放っておくと本当に正しい目的を理解できない。無理やりにでも正しい目的を外から押し込んでやるという「外部注入論」ですね、叩き込むことの方が大事だという。チュチェ思想というのはマルクス主義の悪い部分をいろいろ寄せ集めたような内容になっている。大前提は、基本的に個人の自由を認めないということ。リベラリズムの全面的な否定です。 篠原 個人の自由と幸福の総和が社会全体の総和になる、社会全体の幸福が増進していくことになるという思想は、まったく捨てているんですよね。要するに、社会政治的生命体として、一体となって主人公になって、その中で自分は歯車になっているけれども、革命的血統の領導を受けていることで幸せを得ると。 岩田 その通りですよ。要するに、首領の言うことを聞くことが、自分にとっての自由であり幸福であるという考え方ですよね。有本恵子さんは、イギリスのロンドンで八尾氏に拉致されましたが、これは有本さんが神戸市外国語大学を卒業した後、語学留学していたところを狙われたんですね。 篠原 有本さんの出身大学の家正治(いえ・まさじ)という教授が「金日成・金正日主義研究全国連絡会」の共同代表で、拉致される前後に有本さんの家を訪ねているという話を聞いたことがあります。拉致被害者の関係者から聞きました。でも、そういう情報がヒソヒソと聞こえてはくるけど、なぜ公にしないのでしょうか? 家正治氏はまだ大学で教鞭を執っていますよ。今は大阪保健医療大学で「国際社会と日本」という教養科目を教えたりしています。こういう話も含めて、具体的に、チュチェ思想およびチュチェ思想研究会がやっていることを全部明らかにしないといけません。 【篠原常一郎(しのはらじょういちろう)】 元日本共産党国会議員秘書。1960年東京都生まれ。立教大学文学部教育学科卒業。公立小学校の非常勤教員を経て、日本共産党専従に。筆坂秀世参議院議員の公設秘書を務めた他、民主党政権期は同党衆議院議員の政策秘書を務めた。軍事、安全保障問題やチュチェ思想に関する執筆・講演活動を行っている。YouTubeで「古是三春(ふるぜみつはる)チャンネル」開局中。 【岩田温(いわた・あつし)】 政治学者。1983年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院修了。現在、大和大学政治経済学部専任講師。専攻は政治哲学。YouTubeで「岩田温チャンネル」開局中。
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