PCR検査より精度が低い「発達障害チェックリスト」は問題だ

新型コロナウイルス感染のPCR検査は万能ではない

日本各地で新型コロナウイルスの新規感染者が増えている。とくに7月16日〜18日にかけての3日連続で東京都の感染者数は200人を超え、震え上がった国民の声に押される形で、政府は「Go To Travelキャンペーン」の対象から東京都を除外。息も絶え絶えな観光業を支援するための施策は、事実上撤回に追い込まれた。 東京都がPCR検査数を大幅に増やしている以上、感染者数が増えるのは当たり前の話だが、そもそもこの検査自体に問題があることは、すでに多くの医療関係者から指摘されている。 新型コロナウイルスに感染しているかどうかを確かめるPCR検査は万能ではなく、陽性の人を誤って陰性と判断する見落とし(偽陰性)や、陰性の人を誤って陽性と判断する混入(偽陽性)が一定確率生じてしまう。にもかかわらず検査が万能だと思い込み、検査結果を妄信することは、かえって人々を危険にさらす。検査はその性質や精度を考慮し、対象や条件を絞ってこそ有益になるのだ。 これと似た状況が、子どもの精神医療の世界でもながらく蔓延していることを読者はご存知だろうか。つまり、早期に障害を発見するための簡易検査が、その検査精度や実施対象が適切でないことによって、大きな弊害を引き起こしている。

「子どもの発達障害」の簡易チェックリストの精度

PCR検査の問題点は、まず第一に、陽性なのに陰性と判定された人がすっかり油断して遊び歩き、逆に感染を広げてしまうこと。そして第二に、陰性なのに陽性と判定された人が、社会から隔離されてしまうこと。前者は検査の目的からすれば本末転倒であり、後者は深刻な人権侵害である。 ここでは特に、精神医療のずさんな検査の結果として起きている人権侵害の状況を紹介していきたい。この問題について長期にわたる調査報道に携わり、『発達障害のウソ』(扶桑社新書)を上梓したばかりの米田倫康氏に聞いた。

米田倫康著『発達障害のウソ』(扶桑社新書)

「いま私が注目しているのは、子どもの発達障害です。この世界の専門家たちは、幼児期に障害を早期発見して、すみやかに受診と治療、支援につなげることを重視していますが、肝心の検査が非常にいい加減なんです。実際、各自治体が実施している乳幼児健診や、就学時健診における発達障害の発見の状況を総務省がとりまとめて報告書(2017年)にしているんですが、数字がメチャクチャ。市町村ごとに発達障害が疑われる子どもの発見割合を出したところ、1歳6か月児健診では0.2%から48.0%まで、3歳児健診では0.5%から36.7%までとかなりの幅がみられたそうです」 これほど数字のばらつきがある検査は、手法なり対象なりが間違っていることは明らかだろう。そもそも、発達障害が疑われる子どもの発見割合が3割や4割にのぼる市町村が本当にあるのなら、それこそ戦慄すべき大問題だ。 「発達障害の早期発見のための検査では、簡易チェックリストが使われます。例えば厚労省は、生後1歳6か月〜3歳までの児童を対象にした23項目のチェックリスト『M-CHAT』を用意して、普及を図っています。このリストの項目を見てもらえば一目瞭然ですが、これは身体疾患を早期発見するための検査とはまったく異なり、物理的に存在するものを指標としておらず、非常にあいまいです」 「検査はあくまで検査であり、その後医師が正しく診断してくれるから多少の誤判定は問題ないと思われるかもしれません。しかし診断自体も医師の知識や経験、視点などの主観に左右されるものですから、そもそも『正しい診断』が存在しない世界です。発達障害は先天的な脳機能障害だと言われていますが、それはあくまで仮説に過ぎません。現実的には、脳を検査して脳機能障害を特定した上で診断を下すわけではありません。問診が診断の中心となる以上、医師によって結果にばらつきが生じてしまうのです」 ということは、検査結果と医師の診断との一致がすなわち正解という単純な話ではない。本当の意味で検査精度を正しく評価することも不可能となる。偽陰性や偽陽性の数字を曲がりなりにも論じることができるPCR検査の方がまだマシである。

精神科医によって異なる診断結果

「発達障害に限らず、精神医療全般ではチェックリストをもとにした『操作的診断』がおこなわれています。その信頼性がどの程度のレベルであるのかを示す実例を挙げましょう。2016年7月に障害者施設を襲撃して19人を殺害したとされる男は、事件を起こす前に北里大学東病院に措置入院(強制入院の一種で、自分や他人を傷つける恐れのある人が対象となる)させられていました。彼に関わった4人の精神科医たちによる診断は、興味深いものでした」 米田氏によれば、次の通り。 精神科医A──「躁病」 精神科医B──「大麻精神病」「非社会性パーソナリティー障害」 精神科医C──「妄想性障害」「薬物性精神病性障害」 精神科医D──「抑うつ状態」「躁うつ病の疑い」 同一対象であるにもかかわらず、4人が合計で7つもの異なる診断名をつけてしまったという。しかも事件後に検察、弁護人、裁判所のそれぞれの依頼で精神鑑定した結果もバラバラだった。 「このような現象は精神科領域においては、決して珍しくはありません。複数の精神科にかかり、まったく同じ症状を訴えたのに、異なる診断を下されたという経験のある人はいくらでもいます。同じ精神科医にかかりながら、何の根拠も示されないまま診断名がコロコロと変わる経験をした人も数えきれないほど存在します。つまり、この状況は精神医療が、再現性と普遍性を不可欠とする『科学』ではないことを端的に示しています。そして発達障害は、精神障害の下位カテゴリーに位置づけられており、診断基準も診断手法も同じものが使われています」

占いレベルの診断が、子どもの人生を左右する

ただし、米田氏は、科学的ではないことをもって、精神医療を批判しているわけではない。 「科学的でないから悪いとは言いません。星座占いや血液型占いも、科学的ではないけれど、みんな適度に楽しんでいますよね。しかし例えば天気予報の信頼性が、4人の気象予報士がいたら4人ともまったく違う答えを出す程度のものだとしたらどうでしょう。いまは大雪や台風の接近情報をもとに首都圏の列車すべての運行中止を前日に決定したりしていますが、それは天気予報が科学的だからできること。占いをもとに、社会に大きな影響を与える決定は許されませんよね。しかし、それと同じレベルのことをやっているのが精神医療なんですよ。発達障害の診断を下されることは、本人にとっても家族にとってもその後の人生を左右される大問題であるにもかかわらず……」 かくして、科学的根拠を欠いた検査と診断のもと、多くの子どもたちが早期発見されている。 「大きな自治体で言えば、横浜市では7.7%の子どもが、小学校入学前に発達障害と診断されています。これは、信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部長の本田秀夫医師らの2016年の研究で判明したものですが、これは早期発見検査にひっかかった『疑い』レベルではなく、実際に医療機関で診断が下された割合であることに注意すべきです。この診断率も自治体によって大きな差が見られ、横浜市のこの数値はあまりにも大き過ぎると言わざるを得ません。」 これらの中には、本来発達障害にくくるべきではない層も含まれていると考えるのが合理的だろう。 「もちろん、適切な支援が必要な子どもは存在します。ですが、手厚い支援だとか支援の充実だとかいうと聞こえがいいですが、その支援の方向が間違っていると、いとも簡単に誤った診断、とくに過剰診断へと傾きます。一度貼られたら剝がせないラベルであることも考慮すると、本当の支援となっているのか疑問があります」

親が何も知らずに子どもに処方される向精神薬

しかも、その先の治療は、当事者の自己決定権を尊重する患者ファーストとは程遠いのが現実だ。法的にも精神科医が絶対的な権限を与えられている日本の精神医療において、医師と患者の関係はフラットなものではない。 「私が心底恐ろしいと感じるのは、親が何も知らずにわずか2歳、3歳の幼児に向精神薬を飲ませていることです。この『何も知らず』というのがポイントです。実際のケースとしては、3歳児健診で発達障害の可能性を指摘され、専門医に繋がった子が、初診でADHDと診断され、いきなりストラテラを処方されたことがあります。その際、 親は薬について何の説明も受けることなく、ただ飲ませるようにと指示されただけでした」 ストラテラの医薬品添付文書の、効能又は効果に関連する使用上の注意の項目には、「6歳未満の患者における有効性及び安全性は確立していない」と明記されている。つまり、この専門医は、安全性が確かめられていない年齢の幼児に処方しながら、保護者に副作用などのリスクを説明することもなかったというわけだ。 ちなみに、厚労省の保険診療情報データベースを見ると、0〜4歳の幼児に処方された向精神薬の実態が載っている。患者の正確な人数までは読み取れないが、2017年4月から2018年3月にかけて、ストラテラ(10mg)は3,485カプセル、ストラテラ内用液(0.4%)は、123,406mlが処方されている。 「そもそも経過観察もせずに初診でADHDと診断することに問題があります。そして、薬物治療以外の方法を試すわけでも提案するわけでもなく、いきなり薬を出すという姿勢も問題です。しかし、親はこれがおかしいことだとは夢にも思わないでしょう。なぜなら、行政機関とそこから繋がった専門家の指示に従っていただけだからです。不適切投薬は取り返しのつかない被害を引き起こします。つい最近も、本来統合失調症にしか適応のないゼプリオン注射を打たれた自閉症スペクトラム障害の10代男性が死亡した事例が国に報告されています。」

定義の拡張により増える顧客

しかも、こうした過剰診断と不適切投薬は、子どもだけの問題ではなくなりつつある。いい年をした芸能人や著名人が、「実は私も発達障害だったんです」とカミングアウトするケースは昨今しばしば見られる光景だし、SNSを見れば、大人の発達障害を自称するアカウントがあふれている。 「専門家たちに言わせると、大人になってから発症したのではなく、生来より発達障害を抱えながらそれに気付かず生きてきた人が、大人になって顕在化したのだそうです。こうして発達障害という概念を子どもだけでなく、大人の発達障害、やがてはシニアの発達障害といったように拡張しているわけです」 精神医療業界が定義を拡張するときには、要注意だ。科学における定義には境界線が必要だが、精神医療業界の場合は、境界線の範囲を広げると同時に、境界線自体をあいまいにさせるからだ。 「実際、特定の専門家たちは、健常者と発達障害者の間に境界線はなく、誰もが発達障害の要素を持っていると主張しています。誰もが特性を抱えていることや線引きができないという考え自体には私も同意しますが、それを個人の特性ベースではなく医療に関わる障害ベースで考えることについては大反対です。なぜならば、それは間違いなく過剰診断を引き起こすことになり、際限のない拡大解釈を許すことになるからです」 精神医療業界にとって、定義を広げることは顧客を増やすことを意味する。本来治療の対象者ではなかった軽症者にまで境界線を広げ、さらに境界線自体をあいまいにすれば、顧 客は激増していく。 折しもコロナ禍により医療資源が逼迫しているとされるなか、精神医療業界の知恵は、真に支援が必要な人に手を差し伸べるために使われるべきだろう。 取材・文/野中ツトム(清談社)
発達障害のウソ――専門家、製薬会社、マスコミの罪を問う

「小中学生の6.5%が発達障害」 「チェックリストで判定できる」 「精神科医の診断は正しいはず」 ⇒すべてウソ! 野田正彰氏(精神科医・ノンフィクション作家)推薦! つくられた「発達障害バブル」の実態を暴く!

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