北朝鮮で「1人はみんなのために、みんなは1人のために」が意味すること

『北朝鮮を正しく理解するためのチュチェ思想入門』連載第5回 <文/篠原常一郎:元日本共産党国会議員秘書>

「人間第一」の哲学

主体思想塔:チュチェ思想を創始した金日成の思想的、理論的業績を伝えるために、金日成の70歳の誕生日を記念して建てられ、1982年4月に完成。(画像はウィキペディアより)

 チュチェ思想は、自らの哲学を「人間第一」の哲学だと言っています。「人間を何よりも尊び、人間こそ、世界、自然と社会の運命を切り開く主人公である。社会を変えるのは民衆そのものだ。だから、民衆を愛していくのである」と美辞麗句で特徴付けています。  チュチェ思想と従来の共産主義、いわばマルクス・レーニン主義との違いについては、物質主義にちょっと偏ったのではないかという見方をしています。  要するに、社会の存在、あるいは物質が意識を否定する。社会、あるいは人間の意識は変わるんだとしていたんですが、その辺の問題が社会主義の崩壊という現実の中で、修正を迫られているんだというのが、チュチェ思想の考えの底流にあるのです。これは最近の傾向です。  しかし、「人間第一」というとちょっと不思議に思いませんか。今や誰も隠してるわけではないからご存じだと思いますが、先代の金正日総書記の時代から、逆らった人は残忍な処刑をされたり、あるいは追放されています。北朝鮮では山送りといって、強制収容所よりもひどいとされる死んでもおかしくないような隔離地域で、大体、3年ぐらい暮らさせるということをやっています。今の指導者の金正恩氏になってからも、幹部まで含めて、何百という粛清が行われてきているのです。  金正恩氏になってから、かなりの数の脱北者が生まれて、韓国に住んでいる人だけでも既に3万人を超えています(2019年6月末の時点で3万3022人)。  そういう人間を押さえつける思想が、なぜ人間第一主義なのでしょうか。これがチュチェ思想のもっとも顕著な矛盾だと思います。しかしそれでも、日本でのチュチェ思想の信奉者は、愛にあふれた思想だと信じています。なぜこんなズレが生まれるのでしょうか。  本論では、このチュチェ思想の人間論の本質は何なのかいうことを考えてみたいと思います。

チュチェ思想における「社会的存在」の意味

 先述したように、チュチェ思想の第一テーゼは、世界や自然そして社会の主人は人間。人間こそ社会を変えていく。あるいは、自然についても、それを征服して困難も克服して、自らの発展に役立てていくというものです。ある意味では楽観主義の世界観と言えるでしょう。  では、その人間は、どのようにしてこの世界の存在の中で備えるに至ったのか。チュチェ思想は、人間は自主性、創造性、意識性を持つ「社会的存在」だと言っている。ここが大事です。まず何よりもチュチェ思想において「自主」という言葉は、非常に重要な要素となっています。  自主性とは、一般には「自分で物事を主だって決めていく」という意味で使われます。だけどチュチェ思想の場合は、もうちょっと踏み込んで、「自分が主人になる」という意味なんです。  現在、沖縄の基地反対運動にチュチェ思想を信奉するメンバーがたくさん入り込んでいます。そしてその人たちは、「沖縄を自主化する」という言葉を使います。沖縄の自己決定権と、沖縄の人々の自分が主人公になった、沖縄の在り方といったことを後付けて言っている言葉なんです。  しかし、実際はそうはなりません。なぜかというと、人間はこういう3つの特性を発揮するには、社会的存在として社会の中に組み込まれて、全体の利益のために働かなければ、人間の主人としての権能を果たすことができないというのが、チュチェ思想の大事な教えの一つだからです。  社会主義のスローガンで、「1人はみんなのために、みんなは1人のために」という言葉があります。このスローガンはとても美辞麗句なのですが、実際はみんなのためでも何でもありません。社会主義においては、「指導者のため」ということです。そういった集団主義に立っている。まずそのことを、この人間論の第一の前提として考えていただきたいと思います。  その上で、この「社会的存在」の意味とは何なのか。それは、指導者とその媒介になる中核部分、そしてその周りにいる民衆が、あらゆる組織において社会的存在としての人間の力を決めるんだというのが、チュチェ思想の考え方です。  市民運動に例えますと、市民運動の運動体は、リーダーとリーダーの周りに集まった中核部分、そして一般的な参加者。この3つが一体になってまとまったときに、運動の目標が達成する。チュチェ思想研究会では、そういうことも教えています。その最高の形が国家であり、その理想的な国家が北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国だというのがチュチェ思想の大前提となっています。 【篠原常一郎(しのはらじょういちろう)】 元日本共産党国会議員秘書。1960年東京都生まれ。立教大学文学部教育学科卒業。公立小学校の非常勤教員を経て、日本共産党専従に。筆坂秀世参議院議員の公設秘書を務めた他、民主党政権期は同党衆議院議員の政策秘書を務めた。軍事、安全保障問題やチュチェ思想に関する執筆・講演活動を行っている。著書に『なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか』(岩田温氏との共著、育鵬社)、『日本共産党 噂の真相』(育鵬社)など。YouTubeで「古是三春(ふるぜみつはる)チャンネル」開局中。
なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか

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