なぜ、新幹線や山手線は日本でしか走らせることができないのか?

「経済とは移動である」ということを知っていた日本

<文/佐藤芳直 連載第4回>

インドの大都市ムンバイを走る"first class" の列車(撮影/山下徹)

 日本という国は面白い国で、「経済とは移動である」ということを江戸時代から知っていた。新幹線という仕組み、これは「都市と都市を高速鉄道で結ぶ」という考え方であった。言葉としてはたった一言だが、この考え方が出された、つまり日本が東京と大阪という二大都市を新幹線で、当初4時間で結ぼうとしたこの考え方が、世界の鉄道を活性化させたのである。なるほど、鉄道という大量輸送機関で都市と都市を結ぶことによって、経済が異常に活性化するものだ、ということを世界は日本を見て学んだわけである。  1960年代の中盤は、鉄道がまさに衰退の絶望的な状況にある時であった。アメリカではトラック輸送に鉄道が当然のように負けていき、ヨーロッパでもそのアメリカを見ながら、鉄道輸送からトラック輸送へと大きく方向が変わるときだった。  しかし、実は経済というのは、人間と人間の移動を迅速化することによっても活性化するのだということを、日本は新幹線によって証明した。モノの移動はトラックでもよい、だが人の移動は、バスよりも高速で走れる鉄道の方がいい。衰退する鉄道事業の中で、都市と都市を人が異常なスピードで移動することによって経済が活性化する。これが例えばヨーロッパのTGVになり、あるいは中国でも整備されるようになった高速鉄道網という考え方になる。

たった4本のホームで1日170本もの新幹線を発着させている

 だが、日本の新幹線網の能力はずば抜けている。例えば、JR東日本の北海道・東北・秋田・山形・上越・北陸新幹線が発着する東京駅は、1日約170本もの新幹線をたった4本のプラットフォームで運行させている。この運行計画を可能にするためには、1本のプラットフォームで1時間あたり平均3~4本の電車を発着させなければならない。  これを可能にしているのが、“ミラクル・セブン・ミニッツ”と言われているテッセイである。テッセイという会社は新幹線の清掃業務などを担う会社である。このテッセイの人たちは、チームを組んで新幹線1編成を7分間で掃除する。新幹線1編成というのは長い編成だと16両、短い編成だと6両。これをたった7分間で掃除するのである。「奇跡の7分間」と言われるゆえんである。お客様が降りるのに2分、電車を掃除するのに7分、お客様が乗り込むのに3分、合わせて12分間で入ってきた新幹線は再び送り出される。これがあるから、たった4本のホームで1日170本が行き来できるのである。  優れた高速鉄道網をつくろうとするときに、何が一番の秘訣かといえば、少ないホームでどれだけたくさんの新幹線を運行させることができるかということである。日本の高速鉄道網の秘訣がそこにある、ということには誰でも気づくだろう。

日本の新幹線網を支えるのは、“日本”という社会資本

 では、なぜ日本だけが優れた新幹線網をつくることができるのか? これを可能にしているのは、技術だけではない、あるいはルールだけでもない。“日本”という社会資本こそが可能にしているのである。  つまり、「時間をしっかり守る」という日本人の時間に対する考え方、それから「決めたことは守り抜く」という日本人の規律性、そして、もっと重要なことであるが、「決められた時間の中で速やかに助け合いながら乗り込む」という日本人の習性、そういうものがあるからこそ、現在の新幹線の運行計画が可能になったのである。  “ミラクル・セブン・ミニッツ”にかんしても、もしこれが南アジアの鉄道のように、乗客が食べた物やゴミを座席の床に捨てて降車するのであれば、“ミラクル・セブン・ミニッツ”はできないだろう。あれを可能にしているのは、日本人の乗客はゴミを各自でゴミ箱に捨てているからでもあるのだ。  また、もしも、駅で乗客の新幹線の乗り降りに余計に2、3分、時間がかかることが度々あったり、掃除に度々7分以上費やすことがあったら、運行計画はガタガタになってしまう。いくら技術的に制御されているからといっても、時速200~300キロで走る新幹線である。いつか、後続の新幹線が先行する新幹線に突っ込む大惨事が起こらないとも限らない。だが、1964年の開業以来、そういった事故は一件も起きていない。新幹線という仕組みは、“日本”という社会資本の信頼の上にできあがっている、そう言うこともできるだろう。

「降りる人が先、乗る人が後」という“技術”

 もう一つ例を挙げよう。山手線の運行ダイヤは朝夕の通勤ラッシュ時、上り下り、それぞれ2~3分間隔で運行している。つまり、上下線合わせて1時間に40本以上の列車がホームに発着するのである。ほぼ1分30秒に1度、あの長大な編成の列車が入線してくる計算だ。そして、わずか15~30秒ほどの停車時間の間に、大勢の乗客がホームに降り、大勢の乗客が一斉に乗り込む。  でも考えてみてほしい。降りる人が先に降りて、乗る人が乗ってくる。乗降客が押し合いへし合いしない。降りる人が先、乗る人が後という“技術”、この通勤する方々の技術とその下敷きになっている規律性、これがなければ、2~3分間隔で山手線を走らせることは不可能である。どんなに山手線の列車のスピードが速くなろうが、乗る人と降りる人がホームで大混乱の中で罵倒し合ったり殴り合いながら押し合いへし合いして乗り込むようでは、2~3分間隔の運転なんてできやしない。5分間隔だってできないだろう。  繰り返しになるが日本人という国民性、“日本”という社会資本があるから、山手線は異常なまでの運行密度を確保できるわけである。世界の国々が、山手線のような大量移動鉄道をつくろうと考えた時に、ホームを見れば、あの2~3分の運行間隔を可能にしているのは、日本人という社会資本であるということに誰もが気づくであろう。

世界は日本化する

 2011年に中国が開発した新幹線に類する鉄道が衝突・脱線事故を起こしたことは、衝撃の映像とともにいまだに鮮明に記憶に残っている。なぜ事故を起こしたか。日本人の規律性を中国の鉄道マンたちが持ちえなかったからである。なぜ、世界で山手線を走らせることができないのか。日本人という特性をもった国民ではないからだ。  世界は分かっている。“日本”という効率的で、合理的で、経済性の高い国を創ろうとするには何が必要か? 山手線ではない。新幹線ではない。“日本人”という社会資本がなければ、山手線も東海道新幹線も山陽新幹線も走らすことができないということを。  つまり、世界は経済性、合理性、効率性を追求していくわけだが、それを可能にするものは社会資本であるという、最終的な結論に行きつくであろう。そして、日本という国は非常に合理的、効率的な社会を作っている。なるほど、日本人という社会資本、日本という国の社会資本、これがなければ、日本のようなさまざまな仕組みはできないのである。では、どうすれば日本的になれるんだろう?  今まで世界中の国々は、社会資本を作るということを、例えば、道路を通し、車を走らせてインフラを整備し、また、特にここ20年間で顕著だが、AIやインターネットなどさまざまなデジタル的な技法を駆使して行ってきた。しかし、デジタル的な技法で、日本のような社会資本の代わりを作れるものではないということを、たぶん、多くの国の指導者は分かっていると思う。その時、世界は、“日本”という社会資本がどうして作られたのか、そこに着目せざるを得なくなる。それを学び、その制度を導入しようとするようになる。だから、「世界は日本化する」のである。 【佐藤芳直(さとう・よしなお)】 S・Yワークス代表取締役。1958年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、船井総合研究所に入社。以降、コンサルティングの第一線で活躍し、多くの一流企業を生み出した。2006年同社常務取締役を退任、株式会社S・Yワークスを創業。著書に『日本はこうして世界から信頼される国となった』『役割 なぜ、人は働くのか』(以上、プレジデント社)、『一流になりなさい。それには一流だと思い込むことだ。 舩井幸雄の60の言葉』(マガジンハウス)ほか。
日本はこうして世界から信頼される国となった~わが子へ伝えたい11の歴史

11の歴史を通して、私たちの先祖の生き方とは何かを見つめ直す、新たな日本人論の試み。

テキスト アフェリエイト
新Cxenseレコメンドウィジェット
おすすめ記事
おすすめ記事
Cxense媒体横断誘導枠
余白
Pianoアノニマスアンケート
おすすめ記事