“世界が憧れる日本”はどのように生まれたのか?

日本は他国と「歴史、教育、リーダーのあり方」が違う

<文/佐藤芳直 連載第6回>

聖徳太子(574~622年)※絵は聖徳太子像と伝えられるもの。

 産業革命以降、世界の国々は経済性、合理性、効率性を追求するようになった。やがて、日本が極めて合理的、効率的な社会を築いていることを知る。そして、それを可能にしているものが“社会資本”であることに気づく。結果、世界は“日本”という社会資本がどうして作られたのか、それを学び、その制度を導入しようとする。だから、「世界は日本化する」。私は連載第4回「なぜ、新幹線や山手線は日本でしか走らせることができないのか?」、第5回「東京五輪で男子400mリレーは“日本化”する」で以上のようなことを述べてきた。

 では、“日本”という社会資本はどのようにしてつくられたのか? 世界はそこに着目し、そして、気づく。「1番に歴史、2番に教育、3番にリーダーのあり方」、この三つが伴わなければ理想とする日本のような社会資本などできるわけがない、と。

“歴史”の原点は「十七条憲法」


 まず一つ目の“歴史”であるが、この“日本”という社会資本の原点を遡ると、今から約1400年前、飛鳥時代に聖徳太子がつくった「十七条憲法」(604年)に行き着く。第1条「和をもって貴しとなす」である。

 その精神は現代まで脈々と受け継がれている。例えば、落語「三方一両損」の噺を思い出してほしい。左官の金太郎がある日、三両を拾い、落とし主の大工の吉五郎に返そうとする。だが吉五郎は、いったん落とした以上、自分のものではないと受け取らない。金太郎ももらうわけにもいかず、代官所に仲裁を求めた。そこで大岡越前守はその三両に一両足して四両とし、二両ずつ両人に渡し、三方一両損にして解決する。

 三方が一両ずつ損をして「和(やわらぎ)」という公が提示される。この話が示唆しているのは、一両ずつ損をしても、和という公を提示できたらいいじゃないかということだ。損したけれども気持ちいい。一両損をしたという非合理によって、合理的にいい気持ちをもらうことができたということだ。

 我々日本人は根本のところで、「何を手にするか」ということがとても明確だと思う。例えば“和”であったり、“公”であったり、あるいは協調性であったり。そして、そのためにどう行動するかということが、長年さまざまな説話の中で説かれてきた。

いろんな意見を出し、討論し、決まったら全員でやる


 ところで、「十七条憲法」ではこの第1条ばかりが引き合いに出されるが、第17条にも注目したい。

それ事はひとり断(さだ)むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに論(あげつら)うべし。
(重大なことがらはひとりで決定してはならない。かならず多くの人々とともに論議すべきである。)

 いろんな意見を出せ、と言っているのである。出して討論せよ、そして、決まったことは全員でやりなさい。これが「十七条憲法」である。そして、この第17条と同じことが、実は、明治天皇が慶応4(1868)年に示された「五箇条の御誓文」にもある。「広く会議をおこし、万機公論に決すべし」である。一人の誰かが決めるのではない。みんなで意見を出して、全体の意見を決めたらいい。

 日本的経営の本質は、“衆知結集一体化経営”にあるとよく言っているが、この哲学は十七条憲法、五箇条の御誓文と、その時代、時代のさまざまな言葉で語られ、日本人の感性の中に入ってきたわけである。一人ひとりが自分の意見を自分の言葉で述べる。でも全体が良くなるように、それを調整して、良いと思うことを全員でやる。それが衆知結集一体化経営である。我々の国は、大量生産技術が入ってきて、資本主義の道に入って成功したが、歴史に育まれたこのような特性があったため、今のところまだグローバリズムにそれほど大きく毒されてはいないのである。

寺子屋の「読み、書き、そろばん」が育んだ圧倒的な識字率の高さ!


 そして、二つ目に“教育”である。日本は江戸時代から、寺子屋などの普及により、高い識字率をもつ社会だった。幕府政治が安定期を迎えると、各藩は優れた人材を育成しようと藩士の子弟の教育に力を入れるようになった。子弟は藩校に通い、学問や武芸などを学んだ。18世紀半ばには全国的に藩校が増え、その数は255校に及び、ほぼ全藩につくられた。城下町から離れた土地には郷学(郷校)がつくられ、また民間でも武士・学者・町人によって豊後日田(現大分県日田市)の咸宜園(かんぎえん)や、萩(現山口県萩市)の松下村塾などの私塾がつくられた。

 また、商工業が発展し、農書などもさかんに作られるようになると、庶民の間でも読書をしたり、帳簿をつけたりすることが多くなり、「読み、書き、そろばん」を教える寺子屋が開かれるようになった。17世紀末になると寺子屋は江戸や京都の都市部だけでなく農漁村にも広がり、幕末には約1万もの寺子屋があったと言われている。また、寺子屋では道徳や古典、地理、歴史なども教えられた。こうした民間での教育の普及によって、日本の教育水準は極めて高いものになっていった。識字率が高く、江戸には当時、約500軒の出版元と約800軒の貸本屋があり、庶民は当時から本を楽しんでいた。

 そして、明治時代に入ると、明治政府は欧米諸国の一部で始まっていた義務教育制度をいち早く導入することにした。明治5(1872)年に政府は学制を公布し、小学校を義務教育と定めた。各地では、江戸時代の寺子屋を引き継ぐ形で、わずか数年で2万6000もの小学校がつくられた。政府は、「必ず邑(むら)に不学の戸なく家に不学の人なからしめん事を期す」と学事を奨励した。

 当時、子供は貴重な労働力であり、授業料も必要だったため、就学率は当初3割程度だった。だが、政府のすすめと国民の教育熱の高まりにより、明治の終わりには就学率は100%近くに達した。また、江戸幕府の学問所などの流れをついだ官立大学や、私立学校も設立され、「少年よ、大志をいだけ」で有名な札幌農学校のクラーク博士など外国人教師も多くわが国に招かれた。

 我々の祖先は約400年前から、子供たちに人間の基盤となる「読み、書き、そろばん」を施してきた。それが日本の伝統的な教育であった。その伝統的教育の結果が明治期になって、識字率70%というとんでもない国民を生み出していった。識字率というのはまさに社会資本である。例えば、一つの情報に対して、全員が目を通して理解することができる、一つの仕様書を回し読みして全員が理解できる、これはすごい社会資本なのである。それは何百年という歴史の中で育まれてきたものなのだ。

親が将来楽するために子に教育を施すのではない


 だが、もっと大事なことは、我々の祖先は、教育というのは家の者のためではないのだ、と思って教育を施してきたということである。つまり、親が将来楽するために子に教育を施すのではない、教育というのは公のためなのである。

能(よ)く子弟を教育するは、一家の私事に非(あら)ず。是(こ)れ君に事(つか)うるの公事なり。君に事うるの公事に非ず。是れ天に事うるの職分なり。
(十分に子弟を教育することは、一家の私事とはいえない。これは主君に仕える公事である。いや、それどころではない。教育は天に仕える重要な務めなのである。)

 私が研究している江戸時代の儒学者、佐藤一斎はそのように言う。世の中の為に教育をする、わが家が繁栄するために教育を施すんじゃない、わが主君から将来、よくぞやってくれた、と言ってもらうためにやるのではない、天のためにするのだと。この、「天のため」というのは、「未来のため」という意味である。未来のために教育するのだ、この地域を、この共同体をよりよい形にするためにこそ、教育をするのだと、私たちの祖先にはそういった思いが強くあった。結果として、公のための教育という位置づけがはっきりしたわけである。それを国が全面バックアップしてはじまったのが、明治維新以降のまさに義務教育という制度であった。

 だが、最近、わが国の教育界から「義務教育はそろそろ問題ではないか?」などという意見が出てきている。一方で、近年、アメリカは日本の義務教育制度を取り入れようとさまざまな研究を進めている。戦後の焼け跡の中から甦ってきた日本の6・3という義務教育には何か意味があるのではないか、6・3・3・4制という学制の中に何か日本の本質があるのではないか。このようなところがアメリカという国の強さでもあり面白さでもある。翻ってみて、私たち日本人は、もっと自分たちの教育とは何かということを考えなくてはいけないのではないだろうか。

日本のリーダー、天皇


 そして、三番目に“リーダーのあり方”こそ大事、ここに行き着く。平成28年8月8日午後3時、宮内庁は天皇陛下のビデオメッセージを公表され、天皇陛下は生前退位のご意向を強くにじませられた。改めて思ったのは、私たちの国柄というのはどのように歴史を俯瞰しようが、接近して見ようが、天皇というご存在が、古来より私たちの国民にとっての大きな縁(よすが)であるのだということである。

 江戸時代、米沢藩の上杉鷹山(1751~1822年)は、17歳で第9代米沢藩主となったときの決意を込めて、次のような和歌を詠んだ。

受け継ぎて 国の司の身となれば 忘るまじきは民の父母
(私は後継者としてこの国のリーダーとなった。自分はこの米沢藩の領民の父であり母である、そのことを忘れてはいけない。)

 土地を仲立ちとして結ばれた主従関係に基づく封建制の時代に、なぜこのような考え方が生まれたのかといえば、仁徳天皇の「民のかまど」の話を持ち出すまでもなく、やはり天皇というご存在が日本の一つのリーダー像の典型としてあったからではないだろうか。別に武力があるわけではない、強固な城壁に囲まれた城に住んでいるわけでもない。統治する存在としているわけでもない。ただそこにあるものとしてある、そのようなご存在で、国民の平和と安寧を祈られている。五穀豊穣を祈る、つまり自分のことはどうでもいい、この国の国民のことをひたすら願い、祈る。そのようにして天皇は武力がなくても、堅牢な城がなくても、絶えることなく何千年と家を続けてきた。

リーダーとは父であり、母である


 また、明治天皇は日露戦争のさ中、象徴的なこんな御製を詠まれている。

国のため斃れし人を惜しむにも おもふはおやのこころなりけり
(国のため戦場に出て、敵の手に斃れた忠勇の士卒を惜しむ。孝行なわが子を失った親の心はいかばかりであろうか。)

 日露戦争の戦役に倒れて、「英雄である」「この人こそ国のために尽くしてくれた人だ」と言われたり、勲章をもらう人もいるだろう。でも自分が思うのは、戦争で死んでいった人たちの父母は何を思っているのだろうか、そこを思うと痛む胸が晴れることはない、という歌である。明治天皇は生涯8万~9万首とも言われる御製を詠まれているが、それらは国民のことを思う心に彩られている。

 歌というのはまさに歌心といって、そのときそのときの自分の正直な気持ちを歌うものである。まして明治天皇は、自分の半生記を書かれたわけでもない、人生論を書かれたわけでもない。すべてをご自身の和歌によって示されたわけである。その和歌の中に本質があると考えなければならない。

 リーダーはやはり、どれだけ自分の組織、会社の社員たちのことを思うか、である。明治天皇も時には叱咤激励して厳しいことを詠まれているが、その中でも最後まで自分はこの国民の、自分の臣民の支えでありたいという思いがあった。これこそが日本のリーダー層に共通の精神性ではないだろうか。

 長い歴史の中で我々は今に至る日本人としての価値を創り上げてきた。そして、例えば企業経営でも、日本企業は教育ということを第一において、徹底的に一人の人間が世のため人のために役立つ人間になるように考えてきた。さらに、日本におけるリーダーというのは、君臨する存在ではない。自分たちは社員、組織の人たちの父であり母であるように、父というのは厳しさ、母というのは慈愛、その二つをもって、自分たちの社員に対して接してきた。

 どうやら、歴史、教育、リーダー論、この三つのことが連鎖してこなかったら、日本という社会資本は生まれてこなかっただろう。そして、日本の社会資本の秘密を探る世界の国々は、早晩、その結論に至るだろうと思うわけである。

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