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格差社会を生き抜くためのヒントになる“夏目漱石のことば”――政治学者・姜尚中が提言

――そうした過激運動は日本にも飛び火する可能性があるのでしょうか? 姜:だからこそ、若い人に“漱石のことば”を届けたいのです。漱石自身は貧困と格差に対する強い憤りがありました。ですが、「この社会は人間を幸福にするものではない」と感じながらも「これで終わりだ」「日本がおかしいから絶望します」ということには決してなりませんでした。結局、人間は幸せを追い求めているけれども、それは人生の目標ではないと悟るわけです。幸せではなくても生きがいのある人生。そのミッションが漱石にとっての文学でした。鬱になり、重度の胃潰瘍に悩まされつつも、血の滴る思いで一字一句を書いたのです。 ――姜さんご自身、60代後半を迎えてなお、「残念だけが人生みたいだ」と書かれています。 姜:結局、人生に答えはないし、幸せの形なんてカケラもわからない。けど、漱石の言葉を反芻するとじわっとやさしい気持ちが広がるというか、途上を生きることが青春だと思うようになりました。どんなに悲惨で救われない体験をしても、漱石のことばに出会うと「余裕のある第三者」の心構えが自然と身に付くのです。奇しくも、同じ時代背景で書かれた漱石の『こころ』とトーマス・マンの『魔の山』の主人公が共にメンターを求め、メンターと出会い、対話をすることで成長していくように。孤独で先行きが不透明で、人生の答えが見つからなくても、漱石のことばを糧にして、この時代を生き抜く術を見つけてほしいのです。 ――――――  2010年の発売以来、累計で100万部を超えた『ニーチェの言葉』の購買層の4割近くは20代読者とされている。孤立感、疎外感に苛まれ、生きづらさを敏感に感じる若者は、どこかで心の支えとすべきメンターを求めているのかもしれない。類似する時代背景も含めて、漱石の言葉に生きる指針を見出せればと思う。〈取材・文/スギナミ〉
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漱石のことば

姜尚中・著 集英社新書 本体760円+税

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