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柔道はそもそもスポーツなのか?それとも武道なのか?

国際的には武道という用語はどう捉えられているのか?

 武道(budo)という用語は、現在では英語の辞書にも載っていますが、まだ国際的にもきちんとその定義が明確化されるには至っていません。  武道の英訳語を、マーシャルアーツ(martial arts)とする人がいますが、必ずしも武道=マーシャルアーツとは言えません。マーシャルアーツという用語はオリエンタリズムと強く結びついた武術・武技全般と捉えられることが多く、中国拳法、ムエタイ、カリ(フィリピン)、シラット(インドネシア・マレーシア)など東洋起源の武術・格闘技が含まれます。広義においては、欧州起源のレスリング、ボクシング、フェンシングや軍隊の格闘術もマーシャルアーツに含まれると解釈する人もいます。日本においては武道とは日本起源のものに限られるという認識ですので、マーシャルアーツという用語とは大きな感覚のズレがあります。武道はマーシャルアーツに内包される一部分という解釈が正しいのではないでしょうか。ですので、武道を表す欧米起源の単語は存在しないのですが、強いていえばジャパニーズ・マーシャルアーツという言い方が一番意味的に近いと思います。

「武道」と「武術」「武芸」の用語上の解釈に大きな違い

 では武道(budo)という用語が国際共通語として今後広く流布して定着する可能性はあるのでしょうか?  日本では戦国時代の合戦・殺傷のための「武術」が、江戸中期の天下泰平の世には武士の嗜み・立身出世の手段としての「武芸」となり、明治維新を迎えてナショナリズムの高揚を背景として伝統的な精神性を重視する「武道」となったという、歴史的発展段階の最終形を「武道」と定義付ける考え方が主流です。つまり「術」より「道」が上位に立つという概念です。  しかし近年は「武術・中国、武芸・韓国、武道・日本」と東アジアの武技のそれぞれの国の個別の呼称であると定義付ける研究者もおり、もしもこの説が定着すれば、「武道」という用語は国際的に非常にややこしい立場になります。  まず「武術」という用語ですが、中国の武術太極拳は国際的には「武術」(Wushu、ウーシュー)という名称で普及しつつあります。「武術」(Wushu)というのは競技名ですので、競技が発展すれば必然的に「中国語読み」という条件付きでその名称は広がると思います。ですが、「武術」という呼称が国際的に流布したら、日本武道界の唱える「武術→武道」という歴史的発展論の論拠が揺らぎ、「武道」はアイデンティティを喪失することになるでしょう。「武術」(Wushu)が発展したものが「武道」(budo)ではない訳ですから。  一方、「武道」「武芸」というのは競技名ではなく、単なる概念上の区別でしかないので国際共用語として定着するのはかなり難しいような気がします。もし「武道」なのか「武芸」なのかを巡って日韓両国の主導権争いということになったら、「日本海・東海」の呼称問題のようなことにもなりかねません。韓国は剣道の起源はコムド(kumdo)だと主張していますし、柔道さえも朝鮮半島が起源であるとする説を一部が唱えています(もちろん日本は否定)ので、少なくとも「武芸→武道」という歴史的発展論は全く認められないでしょう。

国際柔道連盟は柔道を武道ではなくスポーツと捉えている

 それでは国際柔道連盟(IJF)は柔道をどう捉えているのでしょうか?現在のIJF規約前文には柔道は「武術から起こった教育方法」であると規定されており、武道の徳育的な特性が全面的に謳われていることが他のスポーツと比べてユニークですが、大筋においては競技スポーツとして捉えられていることは間違いありません。  IJFは1980年に「柔道はスポーツであり武術(マーシャルアーツ)ではない」という理事会決議を発表しています。当時のIJF会長は松前重義でしたので、この決定には当然日本も関与していますが、国内ではこのニュースはおそらくきちんと報じられていません。マーシャルアーツを武道と訳すか武術と訳すかは微妙ですが、IJFが「柔道は武道ではない」と受け取れる決議をしたことは、講道館に大きな影響を与えるため、情報が意図的に隠蔽された可能性があります。またIJFの決議の真意は不明ですが、別の資料からその理由が推測できます。シド・ホア英国柔道協会元会長の回顧によると「英国柔道協会はオリンピックスポーツの地位を守るために他の武術から遠ざかった。武術の多くは異様な性格をもったものであったからである」とあります(月刊武道 1996年11月号)。シド・ホアの会長在任期間は84~86年でしたので、80年のIJF理事会決議とさほど年代が離れておらず、おそらく同じ理由であることが類推されます。
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武道とスポーツの認識のズレが生む問題
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