雑学

ひろゆき「炎上させても“誰得?”なのに」――大阪市の“無償で協力募集に非難の声”を不思議に思う

― ひろゆきのネット炎上観察記 ―

【無償で協力募集の大阪市に、「奴隷の募集」と非難の声】

大阪市が行ったプログラミング教育の協力事業者の募集が大炎上した。というのも、協力事業者は無報酬かつ経費なし、教育内容や実施場所も任せるという丸投げ状況だったからだ。ネット上では「奴隷の募集?」「応募してくるやつおらんやろ」「さすが関西ケチ」などの声が上がり、その影響は現実にまで波及。同市にクレームを入れる人物まで現れている

炎上させても“誰得?”なのに、炎上させる人が出てくる不思議

炎上させても“誰得?”なのに、炎上させる人が出てくる不思議


 もともと引きこもり傾向があったりするので、昔から用事がなければ、極力外出しない生活をしてるんですが、外出しないことでいろいろ失ったチャンスもあったりします。んでも、自分で選んだ結果なので、仕方ないと思って諦めるのですね。いわゆる自己責任ってやつです。

 ところが、自己責任で済むような話であっても、社会が過保護に守ってることが多い気がします。例えば、日本って山でも海でも道路でも柵がやたらに多いのですね。普通、「これ以上進んだら落ちるから近づくのをやめよう」とか自分で決められると思うんですけど、問題が起きる前に対策をしているわけです。子どもへの配慮という考えもあるんですけど、子どもは判断ができないから「保護者」がいるわけで、子どもを教育したり、危険から守っているわけです。

 ってなところで、大阪市が「プログラミング教育推進」プロジェクトという、小学校でプログラムを教える事業者の募集を無償で行って炎上した件です。ボランティアなうえに責任や負担は事業者が全て負う内容だったので、炎上してしまったわけですけど、これってあくまで募集であって、誰かに強制的にやらされるわけじゃないんですよね。別に大阪市が条件を隠して募集してるわけでもないわけなので、得だと思えば申し込めばいいし損だと思う人は申し込まなきゃいいだけで、この募集について周りがとやかく言う必要はないと思うのですよ。

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この状況から、チャンスに結び付けられることもある

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