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当時の前田日明は唯一と言っていいぐらいの希望でした――柳澤健×樋口毅宏『1984年のUWF』

柳澤:じゃあ、それは今度詳しく聞かせてもらうとして話を戻すと、プロレスはレスラーというキャラがいて、そのキャラ同士がぶつかりあって勝ち負けがある。三国志といってもいいですけれど、誰に思い入れてもいいみたいな、そういうひいきのキャラがあって自分が推していく。 樋口:いや、ほんとに『男の星座』ですよ、それこそ。前田に対してのこの複雑な感情というのがですね……。最近テレ朝チャンネルで70年代、80年代の新日を放送しているんですよ。超夢中で見ていた時代の試合を現代の視点で見るとですね。点と点ではなくて線で見なきゃいけないんだけど。 柳澤:ホントそうですよね。 樋口:その年のベストバウトだと思ってた大阪城ホールでやった前田対藤波とか、新日本対第2次Uの5対5で上田馬之助が前田を引きずって両者失格に持ち込む試合とか、胸を焦がして見てました。「今のプロレスも面白いけど、むかしのプロレスラーのほうが殺気や色香やロマンや狂気や幻想があった」とか無邪気に思っていたんです。ところがですね、むかしの試合をいま見てみると、「あれっ、俺の想像の中ではもっと面白かったはずなんだけどなあ」って。 柳澤:年齢を重ねると、そういうことはたくさんあります(笑)。 樋口:どうしても幻想というか、昔の人たちに対する想いの強さがあって。それで前田に対しても。……ひどいんですよ、前田が。 柳澤:なるほど(笑)。 樋口:まず、ポール・オーンドーフ戦で凱旋試合ね。「プロレスの神様」カール・ゴッチがセコンドにつく、あの3分33秒か36秒かでスープレックスで勝つ試合とか、第1回IWGPで対猪木や対アンドレ、維新軍の4対4、綱引きで決まった対長州戦など、ここまでは素晴らしいです。それ以降の似合わないパーマをかけて、鳴かず飛ばずの頃の、藤波とタッグを組んで負け役の、覇気もない、華もない、無気力試合の数々……。  柳澤:覇気も華もない(笑)。私が言ってるんじゃないですからね(笑)。 樋口:それでよく後に、天山広吉が試合中に熱中症になって、あれだけ非難ができますねって。前田ってあれだけの知名度に反して、名勝負と呼べるものが極端に少ないんです。プロレスラーにも格闘家にも振り切れなかった。 柳澤:たしかに。 樋口:プロレスが下手で、かといってガチも……。後世の人たちは前田が1回も真剣勝負をやらなかったことをどう見るのかと考えたりするんです。なのにですね、前田をこんなに悪く言いつつも、他の人が同じことを言ったら、「おまえ何様のつもりだ。表に出ろ」なんですよ。 柳澤:(笑)。 樋口:「俺の前田をよくも貶したな」と。(殴りかかるポーズをしながら)今頃こうですよ。 柳澤:面倒くさいねー。面倒くさいわ、プロレスファン。 樋口:もう、しょうがないんですよ。愛憎ない交ぜのこの思い。前田のことを愛してるし、前田のことを憎んでるし。お茶目でインテリゲンチャなところが大好きだし、札幌でまだ若手だった田村の顔面にヒザを何発も喰らわせて骨折の大ケガをして長期休ませたり、リングス時代に坂田をボコボコにしたり、まるで部活動で自分に逆らえない後輩や生徒に体罰を与える先生か先輩のような、行き過ぎた体育会系なところは軽蔑するし……本当に複雑な気持ちですよ。 柳澤:新間さんと同じ。アントニオ猪木は大好きだけど、猪木寛至は嫌い、みたいな。プロレスファンはみんな新間さんになるんです。 樋口:新間さんは「過激な仕掛人」と呼ばれた、元新日本プロレス専務取締役兼営業本部長でしたけど、猪木に対してどれだけ裏切られ続けたか。 柳澤:新間寿というのはアタマの中は女性、とにかく。だから仲がいい時は、もう猪木さん大好きみたいな感じだけど。もう邪険にされると、あの男は許せない、みたいなそんな感じ。 樋口:柳澤さん柳澤さん、失礼ながら、いま新間さんの「女説」を唱えましたけど、今の女性はあんなに優しくないです。 柳澤:ホントですか。 樋口:はい。 柳澤:(笑)。 樋口:今の女性は、もし男にあんだけひどい裏切られ方をしたら、Twitterには【拡散希望】を付けて書き散らすわ、「金を払え!」と騒ぐわ、よりなんか戻さないですよ。 柳澤:なんか今のすごくリアリティーがあったね……。実体験かな(笑)。 樋口:今の女性は許してくれないですよ。はい。 柳澤:そうなんだ。 樋口:むかしTBS『ニュース23』につかこうへいさんが出たんですよ。そのときのインタビュアーが膳場アナだったんです、元NHKの。そこでつかさんがジャブとして「今の女性は決して引き下がらないですよね」って言ったんです。「許さないですよね」だったかな、「優しくないですよね」だったかな。とにかくつかさんがそう言ったら、膳場さんがすごく厳しい真っ直ぐな目で、「はい、引き下がりません」って。膳場さんその後二度目の離婚をするんですけどね。今は三度目の結婚でお子さんを出産されました。あのときのつかさんの固まった表情が忘れられない……。 柳澤:樋口さんがそんだけひどいことをしてたんじゃないの? 樋口:悪いのはすべて私です。 【柳澤 健】 1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、メーカー勤務を経て、文藝春秋に入社。編集者として『Number』などに在籍し、2003年にフリーライターとなる。2007年に処女作『1976年のアントニオ猪木』を発表。著書に『1985年のクラッシュ・ギャルズ』『1993年の女子プロレス』『日本レスリングの物語』『1964年のジャイアント馬場』『1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代』がある。 【樋口毅宏】 1971年、東京都生まれ。 出版社勤務ののち、2009年『さらば雑司ヶ谷』で作家デビュー。 2011年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補・第2回山田風太郎賞候補、 2012年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。新潮新書『タモリ論』はベストセラーに。その他、著書に 『日本のセックス』『雑司ヶ谷R.I.P.』『二十五の瞳』『ルック・バック・イン・アンガー』『甘い復讐』『愛される資格』『ドルフィン・ソングを救え!』や、サブカルコラム集『さよなら小沢健二』がある。 取材・文/碇本 学
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1984年のUWF

佐山聡、藤原喜明、前田日明、高田延彦。プロレスラーもファンも、プロレスが世間から八百長とみなされることへのコンプレックスを抱いていた―。UWFの全貌がついに明らかになる。

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