相方…そしてライバルの存在を振り返る
礼ニ:それにしても、よう相方を代えたな。
ユウキ:せやなぁ。そして20何年経って1人になるという。
礼ニ:結局、1人でやったらいいのになって思ってたよ。たとえば、スタンダードな漫談とか。喋りだけで。
剛:なんでコンビにこだわってんのやろと。
ユウキ:え、なんで言ってくれへんの。初めて聞いたわ(笑)。
礼ニ:舞台から戻ってきたら、大上(元相方)にあーだこーだ言ってたやんか。
剛:あれがもうかわいそうで(笑)。大上がショボーンなってたもん。
礼ニ:まあ、大上もああいうキャラやったし、しょうがない部分もあったけど。いまで思うと、なんでもっとダメなところを伸ばしてあげれなかったのかなって。
ユウキ:そういう時代じゃなかったからな。いや、思い出した。このままアホでいくのか、どうすんねんと。そういう話をしたこともあったんだけど、意外とプライドが高くて、変にいじられるのも好きじゃなかったみたい。
剛:それに対する意見は大上から出なかったん?
ユウキ:なにも言わへんかった。
礼ニ:そして黙ってることにまた腹が立ってくると……。
ユウキ:大上のタイプ的に、直接なにかを言える人がいなかったんよ。先輩も吉本の社員も。それで結局、みんな俺に言ってくるわけ。「もっと大上はこうしたほうがええ」とか、いろんな人から言われるのが当時は俺も苦痛だった。
剛:大上はいま何してるの?
ユウキ:奈良でアイドルの事務所に入って、裏方とか自分でもショーの司会をやったり。最高の状態を手に入れた(笑)。苦しかったの知ってたから、本当に良かったと思う。
礼ニ:それか、松口VS小林を続けて欲しかった。あんだけお互いが力もってるコンビって、正直あんまりないよ。忘れもしない、初めてのテレビ「オールザッツ漫才 ’92」(毎日放送)。
剛:あんだけ何百人と養成所にいたなかで、出れたのが松口VS小林と中川家の4人だけ。俺らの前に松口VS小林がネタやってドッカーンとウケて。先輩たちも「あいつら誰や」って騒いでたもん。そのあとに出ていった俺らが死ぬほどすべったからなぁ……。
礼ニ:もう俺らコイツらに勝たれへんと思ったもん。松口は前出れるし、コバも前に出れる。
剛:2人ともキャラクターがハッキリしていた。
礼ニ:それがなんでわかれたん?
ユウキ:これは『芸人迷子』にも書いたんだけど、結局はコバに対する嫉妬かな。
礼ニ:コバのほうはめっちゃやりたがってたで。
ユウキ:やっぱり、あの時代って格差がキツかったんよ。いまでこそ、コンビで出ないほうも普通にたくさんいるからそれでも落ち着けると思うんだけど。当時はそうではなかったから我慢できなかった。自分のなかでは、出来るっていう自信とか過信もあったから。
礼ニ:営業先でコントも漫才も出来てたし。
ユウキ:コバヤシとのコンビで悔いが残っているのが、じつは初めての単独ライブが決まっていたのに、やらずに解散してしまったこと。そこで“
自分たちの世界”を出せていれば、何か突破口が見えていたのかもしれない……。
礼ニ:なんか、ずっと焦っていたよな。
ユウキ:最終的な決定打が、暮れに「ABCお笑い新人グランプリ」に出るやん。中川家と松口VS小林、LaLaLaの3組で。そこで、俺らのコンビだけ予選で落ちてしまったことが本当にショックだった。コバヤシが前に出ていくなかで、同期に負ける。
剛:結論出すのはやないか~?
ユウキ:そうやね、いま思うと。でも、「
同期のなかで競っている」という意識が当時は強かったんよ。中川家もライバル視していた。
剛:俺は、みんなで戦いたかったよ。東京に一緒に行けたらいいなと思っていた。だから、東京に中川家だけ先に出たんだけど、いつもスタジオで下を向きながらポツーンとしていた。
礼ニ:周りはボキャブラの残党だらけで(笑)。
剛:「大阪から来たのか知らんけど、君らだれ?」みたいな。そこでいつも「
同期のみんなが一緒にいれば、絶対に勝てるのに」って考えてたよ。
ユウキ:そうだったんか!
※ユウキロック×中川家「敗者と勝者~ユウキロック『芸人迷子』発売記念3」今回はココまで。次回に続く!
<取材・文/藤井敦年、撮影/林紘輝>
明治大学商学部卒業後、金融機関を経て、渋谷系ファッション雑誌『men’s egg』編集部員に。その後はフリーランスとして様々な雑誌や書籍・ムック・Webメディアで経験を積み、現在は紙・Webを問わない“二刀流”の編集記者。若者カルチャーから社会問題、芸能人などのエンタメ系まで幅広く取材する。X(旧Twitter):
@FujiiAtsutoshi