雑学

元・花形編集者が、50歳で年収300万の配送業… 「バブル崩壊で妻も逃げました」

給料泥棒、ガハハおじさん、名誉副部長etc. 存在自体が目障りな50代社員はどの会社にもいるが、彼らとて望んで“負け組”になったわけではない。負け組50代の主張と打算に耳を傾けつつ、誰もが通る“加齢”の恐怖にどう抗うか、その中から学んでいこうではないか。

北原和也さん

人生の絶頂期に獲得した幸せは、収入の激減で脆くも崩壊!

…北原和也さん(仮名・50歳)配送業/年収300万円/勤続5年

「カネの切れ目が縁の切れ目。バブリーだった時代につかまえた若い奥さんは、私の収入が不安定になった途端、瞬く間に音信不通になってしまいました」

 そう肩を落とすのは、中堅出版社の敏腕編集者として、一時代を築いた北原さん。

「私が40代のとき、ヘアヌード写真集は出せば10万部超えが当たり前の時代でした。特にヒットシリーズとなったロシア素人美女のヌード写真集はドル箱案件。現金支給のボーナスは、時に“机に封筒が立つ”ほどの厚みでしたから」

 ロシアで密かにオーディションを行い、別荘でヌード撮影を行うのが業務。モデルだった美人ロシア娘(21歳)に目をつけプロポーズ、ロシアで結婚式を行った。「素人モデルと結婚なんて編集者にあるまじき越権行為」などと陰口を叩く者も社内にいたが、絶頂期の北原さんは意に介さなかった。

「東京で幸せな結婚生活が始まりました。が、写真集バブルの崩壊とともに編集部が解体。解雇されることになって……」

 解雇された北原さんは、朝4時に起きてルート配送の仕事をメインにする毎日。栄華を誇った編集者時代からは一転、収入は不安定に。そして、「里帰りしたい」という言葉を最後に、若いロシア妻は日本を離れ、そのまま帰ってくることはなく、電話で離婚が成立した。

「あの頃はいい時代が長く続くと思っていたんでしょうね。やはり独り身は寂しいですし、人肌も恋しい。もう何年も女性と手を繋いでないので、手を繋いで出掛けてみたいですよ……」

 絶頂期には現在の孤独など想像もつかない。身の丈に合った年齢の女性を真剣に探すべきだったかもと思うとやりきれない。

― 負け組50代の背中 ―




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