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ワフー・マクダニエル トマホーク・チョップ=通過儀礼――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第37話>



 マクダニエルは、ひとつのテリトリーに長く定住することを好まない“流浪のレスラー”だった。アマリロ、ヒューストン、AWA、フロリダ、ノースカロライナ、ジョージア……。

 飛行機での移動よりも自動車でのロード・トリップをエンジョイし、アメリカじゅうのフリーウェイの地図が頭に入っていたという。

 現役時代、通算7回来日。初来日の国際プロレスではストロング小林からIWA世界ヘビー級王座を奪取(1973年=昭和48年11月14日、長野)。

 その後は全日本プロレス(1976年=昭和51年、1977年=昭和52年、1979年=昭和54年、1980年=昭和55年)、新日本プロレス(1982年=昭和57年)のリングにも上がったが、ファイトメネーが高い超大物だったから日本ではやや使い勝手の悪いガイジンだった。

 1992年(平成4年)5月、インディー団体W★INGのリングに上がったのが最後の来日だった。

 モーテル住まいが好きで、スーツケースに収まらないものはなにも持たなかった。プライベートな部分では、結婚は5回で離婚も5回。

 58歳で心臓疾患のためドクター・ストップがかかったが、病気にさえならなければもっともっとプロレスをつづけるつもりだったらしい。

●PROFILE:ワフー・マクダニエルWahoo McDaniel
1938年6月19日、オクラホマ州バニース出身。本名エドワード・ヒュー・マクダニエル。1962年、プロ・フットボールのオフ・シーズンにプロレスを体験し、1968年まで“二足のわらじ”をはく。トレードマークは、トマホーク・チョップ。1996年、引退。2002年4月19日、心臓病、糖尿病、腎臓不全の合併症で死去。享年63。

※文中敬称略
※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦

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