雑学

女性自衛官の壮絶な苦労の歴史「女性用トイレも更衣室もなかった」



女性で初めて遠洋航海に


 通常、海上自衛隊の幹部は、幹部候補生学校を終えると練習艦「かしま」を先頭とする練習艦隊で遠洋航海実習をします。世界一周などの長い外洋航海を経験し、様々な国の情勢を知り他国の軍と交流することで幹部自衛官としてのシーマンシップを学ぶのです。しかし、当時の自衛隊には「戦闘する船、戦う船には女は乗せない」という旧日本軍の海軍から受け継いだ伝統的な考え方があり、幹部候補生学校を卒業した女性たちは遠洋航海には出してもらえませんでした。さらに、幹部候補生学校でも航海関係の授業は受けられなかったのです。

 そこで、竹本さんは新しく就役する船ができた時に「女性が乗る予定の艦艇については艦艇通信担当に私を指定しませんか?」と自ら手を挙げました。宿泊を許されず徹夜あけで早朝に帰宅する過酷な業務でしたが、練習艦「かしま」への女性初乗りを達成しています。

 リムパック90にも特別研修員として参加し、自衛艦艦隊各部隊の作戦運用の指揮管制システムの基本構想構築を学べるチャンスを勝ちとり、米国バルティモアにある国家安全保障局の専門教育機関・国家暗号学校に留学、暗号の開発や運用、セキュリティー技術などを勉強する機会を得て、中央システム通信隊司令などを重要な職を歴任したのです。

今では自衛隊の中に託児施設まで


そこには、逆境にも折れず向上心を失わず、周囲の理解と協力を得ながら実績を一つひとつ積み上げ、徐々にその能力や真摯な行動を評価されて後を続く女性たちの道を切り開いてきた先駆者たちの確かな歴史がありました。

女性自衛官の活躍推進

自衛隊広報映像「女性自衛官の活躍推進」より


 こうした積み重ねにより、現在では自衛隊の中に庁内託児施設が整備されるまでになりました。そこでは、なんと24時間体制の夜間保育、緊急一時保育なども行われています。0歳から未就学児までの子供を安心して預けられるところができたのです。すべての部隊に設置とはいかず、完璧には程遠いですが、問題は少しずつ解決されているのです。

 決して恵まれているとは言えない職場環境の中で、様々な縁と奇跡があったからこそ最後まで海上自衛官としての職務を全うすることができたのだと話す竹本さん。今後はそんな奇跡がなくても女性が普通に仕事を続けられるような環境が整備されればいいなと思います。女性自衛官に求められる職掌は確実に広がっています。強く、そしてしなやかに。女性がキャリアを磨きその能力を活かせる自衛隊であってほしいものですね。<文/小笠原理恵>

国防ジャーナリスト。「自衛官守る会」顧問。関西外語大学卒業後、報道機関などでライターとして活動。キラキラ星のブログ(【月夜のぴよこ】)を主宰
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