部屋で飛び交う猫語と関西弁
彼の部屋は大江戸線新御徒町駅から歩いて2分ほどの場所にあった。オートロックに築浅、自転車置き場が一階にあり、駐車場にはBMW1シリーズが一台駐められていた。「ぱっと見て家賃9万円前後だろうか……」となつみさんは予想した。
「部屋に入ると、キャンディのチェルシーのような毛色の可愛らしい猫が出迎えてくれました。チェルシーちゃんは長毛と折れ曲がった耳が特徴的な人気種のスコティッシュフォールド。でも甘やかされてしつけがなっていないのか、部屋中が引っかかれた跡でボロボロ状態。猫用のトイレも清潔とは言い難かったですね。この部屋を掃除するには、まさに“猫の手も借りたい”ほどでした」
猫毛にまみれた部屋に戸惑うなつみさんを尻目に、赤井くんは飼い猫を文字通り「猫かわいがり」をし始めた。
「しまいには
『○○だにゃ~』などと猫語を操りだす始末。『あのSっぽかった高橋一生はどこへ……』と次第にドン引きしていきました。それだけにとどまりませんでした。彼が気を使ってドリンクを持ってきてくれたものの、出されたグラスの縁には猫の毛が……。普段、合コンでは男のコのグラスも平気で口をつけて飲む私ですが、とても口を付ける気にはなれませんでした」
さらに、赤井くんの愛猫のチェルシーちゃんはわんぱくで、くつろぐなつみさんに突然後ろから猛タックル。ルール破りの横暴に、赤井くんのブランド価値は失墜。彼が『(俺のブランド価値は)落ちません!』と言われたとしても、もはや彼へ抱いていた好感は嫌悪に変わり始めていた。
「彼は飼い猫の“危機管理”がまったくできていませんでしたね。私はその日、お泊りすることも想定して自分なりにオシャレをしてきました。ブラとパンツの色はもちろん紫で揃え、パンツはTバック、アウターには自分の働くお店の目玉商品であるカシミヤ素材のニットワンピースを着ていたんですが、チェルシーちゃんに引っかかれたせいでほつれてしまい、台無しに。しかし彼は謝る素振りすら見せず、『チェルシーちゃん、怪我しなかったでしゅかー?』と飼い猫ばかりを案じてる。失望しました」
だがそれから5分後。気まぐれなチェルシーちゃんがおやすみタイムに入った所で、ようやく二人は男女のムードに。
赤井くんにドン引きしていたなつみさんだったが、彼の二の腕の筋肉から大胸筋を触らせてもらったところ、気づけば発情期の雌猫のように彼に甘えていた。
「やはり、そこは高橋一生。誘惑に勝てず、結局、猫毛まみれのセミダブルベッドでにゃんにゃんする羽目になりました」
一通りの事が済んだ後、知らないうちに眠りについたなつみさん。
猫アレルギーの彼女に、彼が言ったヒトコト
だが、23時頃。彼女は飛び起きた。
あまり清潔でないうえ、猫のいる空間に長くいたためか、なつみさんは重篤なアレルギーを発症し、喉が腫れて呼吸困難に陥ったのだ。
「意識が遠のく中、彼を叩き起こしました。息を切らせながら事情を説明し、猫を一時的にベランダに出してくれないかと訴えました」
しかし、彼から返ってきたのはあまりに冷徹な衝撃の一言だった。
「
なんでチェルシーちゃんを外に出さなきゃあかんねん? お前が出てけや!」
なつみさんは急いで部屋の外に出ると、寒空の下マンションの廊下で症状が治まるのを待った。
10分後。呼吸が落ち着くと、春日通り沿いでタクシーをつかまえ、命からがら帰宅した。
「幸い、時間が経つにつれ症状はおさまって、オオゴトにはなりませんでした。でも、それ以来猫の“ネ”の字も見たくないほどトラウマになりましたね。『お前が出てけや!』激昂された時は私が猫だったら引っ掻いてやりたかったです。それで逮捕されたら『思わず“キャットしてやった”』と供述します」
おっさんが口にしがちな偏見で「30歳を過ぎた女が猫を飼いだしたら、結婚が遠のく」というのがあるが、「男もな」と言いたくなるなつみさんだった。谷中に行った段階で猫アレルギーだと打ち明けておけばこんなことにならなかったのにね。
<取材・文/武にちほ>