パリから前橋へ。パレ・ド・トーキョーで活躍したフランス人アーティストが鉄板焼きをアートにした
ガシャン!と木製の巨大なレバーを引くと、9つの巨大な円筒(回胴)がガラガラと音を立てて回りだした。自転車の車輪で作られた回胴には、黒地に白抜きで魚や牛、トウモロコシなどの野菜などのイラストが貼り付けられている。それらは古めかしく薄い木の床板が敷かれた静かな空間の中で、漆喰の壁に大きな音を反響させながら回り続けている。
ここは群馬県前橋市にあるレンガ作りの倉庫。1913年(大正2年)に建てられたもので、かつては養蚕の街として知られた前橋産の繭や絹糸を保管していた場所らしいが、今は前橋のアート関係者などが倉庫として使用している。
ガラガラと音を立てていた回胴が止まる。一度に9つの回胴が回り、3つの「出目」が揃う仕組みのようだ。お手製のスロット・マシーンといったところか。そして、我々が見ていた「ペイライン」には豚、魚、牛の図柄が揃った。と、ここでフランス語なまりの英語で、この「スロット・フード(SLOT-FOOD)」なる「作品」の製作者が熱心な口調で解説を始めた。
「このスロット・マシーンには27のレシピの絵が描かれています。3つの『車輪』がそれぞれ前菜、メイン料理と副菜、デザートのレシピになっていて、出た絵柄に従ったレシピの食事を提供するんです。この最初の図柄は豚肉料理、次のこの魚の絵は、イワナですね。スモークしたイワナの料理です。そしてこの牛の絵は群馬産の和牛の熟成肉。ほかにも、こちらのトウモロコシの図柄が出たらコーン・ムースを出したり。それぞれがレシピになっていて、3品を提供するんですが、星印がついた絵柄が3つ揃ったら大当たり(笑)。私が作る『スペシャル・ディナー』を赤城山の頂上で振る舞うんですよ」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、「スロット・フード」の使用方法とそのレシピを話してくれたのは、現在、前橋在住4年になるフランス人でシェフでもあるジル・スタッサールさん(51歳)だ。「シェフ『でもある』」と書いたのは、ジルさんは世界を股にかけて活躍するアーティストでもあり、フランスの新聞『リベラシオン』に寄稿するジャーナリスト、そして小説家といったさまざまな顔を持っている人物だからだ。そして、この「スロット・フード」は彼がシェフとして自分の料理を提供するときのゲーム的なアトラクションではなく、彼の「アート作品」なのだ。「この巨大スロット・マシーンの何がアートなのか?」とお思いの方も多いだろうが、次のジルさんの解説の続きを聞けば、なんとなくわかってくるのではないだろうか。
「この『スロット・フード』は本来はコンピューターに繋がっていて、それぞれの車輪が回るとランダムに風景音(街や自然空間などで採集した音)が流れます。食材の音だったり、ストリートの音だったり。この作品は飯田橋(東京)のアンスティチュ・フランセでのパフォーマンスのために作ったんですが、この夏には中国・重慶でも展示とパフォーマンスをしますよ。ただ、『レシピをプリントアウトするようにできないか?』とかいろいろと言われて困っているんですけどね(笑)」
※ジル・スタッサールの個展が群馬県前橋市で開催中。ただし、今回は「食」がテーマではありません。その詳細は次回!
<ya-gins vol.33 Gilles Stassart「Genealogy」>
会場:ya-gins
住所:〒371-0022 群馬県前橋市千代田町3-9-2弁天通りアーケード内
会期:2019年4月28日まで
オープン毎週金・土・日曜
時間:13:00-20:00
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