西成出身、元『men’s egg』モデルの今。抱え続けた葛藤、海外を旅するヒッピーに!?
西成出身、“普通”の感覚とのズレに悩み続けた
自由を求め、これまでに約30か国を訪れた原田氏。そして、辿り着いた意外な場所とは……。
「いろんな国をまわって気づいたのは、実はいちばん自由なのって、地元である西成なのかもしれないなって。ここにいる人たちは、社会的な体裁はもちろん、将来とか先のことにも縛られない。まさに、今を生きている。極端な例かもしれませんが、明日のお金は明日稼げばいい、それよりも今を楽しむために酒を飲む。いつか人は絶対に死ぬ。だから、今を生きないと意味がないって。まあ、それが許される場所は少ないと思いますが……」
だれもが学歴や社会的な地位、安定した収入を得るために、自分を取り繕って生きている。そんな価値観に違和感を覚えたのは、メンズエッグモデル時代だ。
「ずっと西成で生きてきて、初めて一般社会の常識を知ったのがメンエグでもあるんです。やっぱり、大学生や普通の家庭で育ったモデルが多いなかで、自分の感覚ってズレているのかなって気づいて。だから、モデル仲間にも本心を言えなくて。心からは打ち解けられなくて悩んでいましたね。出身も“阿倍野あたり”ってニゴしてたので」
メンズエッグはチャラい、だらしないなどのイメージばかりが先行するが、そこは意外にも大人の社会だった。何か問題があれば、雑誌や広告主に迷惑が掛かるかもしれない。
――自分はココにいてもいいのだろうか?
自問自答しながら、彼は西成出身であることを長く隠し続けてきたのだ。ようやく公表できたのは昨年のことだ。
「ひと昔前の西成は悪い噂ばかりでネガティブに語られる場所でした。最近はYouTuberがピックアップしてくれたおかげで、観光客にも人気のスポットになりつつあります。だから、SNSでようやく僕も公表できた。個人的には彼らに感謝していますね」
「収入は今がいちばん大変だけど、今がいちばん幸せ」
筆者は元メンズエッグ編集部員。現役時代、目の前にいる彼の胸のうちを知る由もなかったのである。あれから時が経ち、多くのしがらみから解放されたおかげか、清々しい表情を浮かべる原田氏。雑誌が終わっても、人生はまだ始まったばかりなのだ。その目は、メンズエッグモデルだった頃よりも輝いているかもしれない。<取材・文/藤井厚年、撮影/長谷英史>
明治大学商学部卒業後、金融機関を経て、渋谷系ファッション雑誌『men’s egg』編集部員に。その後はフリーランスで様々な雑誌・書籍・ムック本・Webメディアの現場を踏み、現在は紙・Webを問わない“二刀流”の編集記者として活動中。若者カルチャーから社会問題、芸能人などのエンタメ系まで幅広く取材する。趣味はカメラ。X(旧Twitter):@FujiiAtsutoshi
【関連キーワードから記事を探す】
「敬語も知らなかった」“ガングロ”ギャルが知識ゼロから社長に。経営危機を乗り越えて
「ギャル友作るしかないんじゃない?」元『egg』トップモデルに聞いた、落ち込んだときの処方箋
元『egg』のトップモデルが高校の先生に。22歳ギャルが“第二の人生”を歩むワケ
元『egg』モデル・ゆまち35歳、離婚・再婚から“母”となった今
35歳の元『egg』モデルが、卒業から10年後もギャルを貫く理由
西成出身、元『men’s egg』モデルの今。抱え続けた葛藤、海外を旅するヒッピーに!?
嫁の実家へ帰省、御両親に失礼のない服装ってどんなの? 押さえておくべき3つのポイント
元メンエグモデルの“難民”「日本とミャンマーの架け橋になりたい」
この記者は、他にもこんな記事を書いています




