『小説 孤独のグルメ』の著者が原作者の久住昌之氏と対談。「『孤独のグルメ』という看板を背負って小説を書くのは緊張した」
―[牧野早菜生]―
現在テレビドラマのシーズン8が好評放送中の『孤独のグルメ』。10月には、原作漫画の初代担当編集者・壹岐真也氏による完全新作オリジナルで『小説 孤独のグルメ 望郷篇』も発売された。今回小説を執筆した壹岐氏と、原作者であり、放送中のドラマでは音楽も手掛ける久住昌之氏に、小説篇が完成するまでの制作譚と、それぞれの考えるひとり飯の店の選び方について語ってもらった。
久住:今日は対談の前にドラマの脚本を直してたんだけど、もう、今回の店がうまそうでうまそうで、脚本を直してるだけでお腹がすきました(笑)。
壹岐:先日シーズン1から観返していたんですが、ドラマ自体の雰囲気もずいぶん変わりましたよね。シーズン1ではもっとシンプルだったストーリーが、いまは手が込んでるなあと思いました。
久住:最初の放送からもう7年も経ってるからねえ。少しずつ手を加えて今の形になってきた。シーズン8の放送開始に合わせて、壹岐さんが執筆した『小説 孤独のグルメ 望郷篇』が出版されましたけど、そもそもどういう経緯で小説を出すことになったんでしたっけ。
壹岐:漫画連載が再開して以降の掲載誌だった週刊SPA!の元編集長に「小説篇を書いてくださいよ」と言われて。3~4年前だったかな。でも、いつも酔っぱらってるときに言うから。酔ったときにノリでそういうこという編集っているじゃないですか。だから、ほんとに書いていいのかなと思いつつ、ちょこちょこ書き始めてはみたんだけど、書くのに慣れてないからなかなか書き進まなくて……。
久住:でも、編集者としていろいろな文章を書いてきたでしょう?
壹岐:いや、やはり自分の名前で、しかも『孤独のグルメ』という看板を背負って書くのは、編集者としてちょっと文章を書く、というのとはまったく意味合いが違いますから、緊張してしまって最初は全然書けなかったですよ(笑)。でも、あるとき、御茶ノ水の順天堂病院でばったり谷口ジローさんにお会いして挨拶したことがあったんです。そのときに「壹岐さん、そういえば、書くって言ってた小説ってどうなってるの?」と聞かれて、「いや、それが全然書けないんですよ」と正直に話したら、谷口さんが「書けないときは書かなきゃいいよ」と言ってくださったんですよね。それで、なんとなく肩の力が抜けたというか、「書かなきゃいいよ」と言ってもらえたことで書けるようになったんです。
久住:たしかに、そういう肩の力の抜け方ってありますよね。今回の小説篇は、毎回随所で詩の一節や曲の歌詞が引用されていたけど、間に引用が入ることで肩の力が抜けるというか、書くほうも読むほうもリラックスできる感じがよかったです。
壹岐:ありがとうございます。単純に、映画のBGMみたいでかっこいいかなあと思ったのと、自分の文章だけじゃ持たないぞ、と思ったからなんですけど。文芸編集をやっていた身からすると(壹岐氏は文芸誌『en-taxi』[03年~15年]の立ち上げ編集長)、完全に素人の手つきというか、高校の文芸部の同人誌なんかでやりそうな手法……プロの文芸編集者ならハネるんじゃないでしょうか(笑)。
久住:そんなこと気にする必要ないですよ。そもそも、文芸っていつからそんな偉くなったんだ?って思うもん。こないだ出張で宮崎に行ったら、市内で古い町並みやレンガ造りの立派な家が残ってるところがあったんだけど、要はそこって豪商の土地だったところで。それで、やっぱり豪商ってこんな立派な大きい家建ててすごいよなあ~って思ったんですけど、じゃあ、文豪ってなんだろう?って思ったんですよね(笑)。どんなに有名で稼いでても漫画家のことを「漫豪」なんて言わないしなあ……。とにかく、おもしろければ引用だってすればいいし、何でもありなんですよ。そういう意味で小説篇はラクに、楽しく読めました。
――吉増剛造の詩からツェッペリン、AKB48の『恋するフォーチュンクッキー』まで、引用される作品も幅が広いですよね。
久住:今って、YouTubeで何でも聴けるじゃないですか。読んでいて、知らない曲が登場したらすぐ調べられて、瞬時に聴ける。新しいものも古いものも聞けて、世代も関係ない時代になってきてる。
壹岐:そうですね。時代もジャンルも関係なく引用することで、組み合わせの妙を楽しんでもらえたらという意識もありました。DJ感覚というか。
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