エンタメ

『小説 孤独のグルメ』の著者が原作者の久住昌之氏と対談。「『孤独のグルメ』という看板を背負って小説を書くのは緊張した」 

「いい店はここを見ればわかる」なんてものはない(久住)

壹岐:お店の描き方もそうなんですよね。ほかの人が行ってもわからないおもしろさを、久住さんの目を通すことでおもしろさが伝わってくる。久住さんがお店を選ぶときって、何か基準みたいなものってあるんでしょうか?

ほかの人が行ってもわからない店のおもしろさが、久住さんの目を通すことで伝わってくる(壹岐)

久住:選ぶ基準、あるんだけど、あんまり言葉にできないんですよね。外すこともたくさんあるし(笑)。 壹岐:ぼくは外れるとショック受けちゃってもうダメですね。何でこんな店に入ってしまったんだ……って。 久住:僕の場合は、そっから何を持って帰るかですね。失敗してもそこで何かおもしろいことがあれば、すぐに使えなくても、自分のなかに蓄えられていくし。それに、失敗するときってだいたい自分がどこか奢ってるときなんですよ。「なるほど、こういう昭和のイイ感じのお店ね?」みたいな気持ちで入ってみると見事にまずかったりするし!(笑)。 だから、「こういうのれんの店はいい店」とか決めつけないんですよ。ものすごく新しい、既製ののれんでおいしい店だってあるし。それに、特別おいしくなくたって、おもしろいことはどこから飛んでくるかわからない。隅っこのメニューかもしれないし、客の会話かもしれないし、お店のおばちゃんの出し方かもしれないし……。 壹岐:「どこを観ればわかる」とかじゃないんですね。 久住:こないだなんて、佐賀のお好み焼き屋さんに入ったら、カウンターで小学生がひとりで肘ついてラムネ飲んでて、店主に「おじさん、テレビ観たよ」って。もう、その子供の顔と振る舞いがオッサンみたいで最高で。店主も困ったように「ありがとう」って答えていて。そんなの思いつかないもん。そういう体験を、すぐネタにするんじゃなくて自分のなかに蓄えとして持っておくと、わざとらしい小学生の描き方をしなくなる。 壹岐:いやあ、いまの小学生の話、いいですねえ。僕ならすぐ描いちゃうな(笑)。でも、ドラマの五郎って基本的に失敗はしないですよね。 久住:松重豊さんも、五郎が失敗する回もあったらいいんじゃないかと言ってくれたんだけど、やっぱり実際にある店だと難しいですよね。言わせてみたいですけどね、「こんな満腹、したくなかった……」って(笑)。 壹岐:いやあ、惨憺たる井之頭五郎は見てみたいなあ(笑)。 久住:かといって五郎は決してグルメなわけではない。「僕も五郎さんみたいに食べ歩きが大好きなんです」って言われたことがあるんですけど、いや、食べ歩きが好きな五郎は描いたことがないぞって。五郎がやってることって、知らない街で突然トイレに行きたくなって、切羽詰まってトイレを探してるようなことなんですよ。お腹が空いて仕方なくて飛び込んでる。 壹岐:わざわざ用のない町に出向いて、一番いい店を探してやろうという店ではないんですよね。 久住:そういう意味で、壹岐さんの文章は、やっぱりボクと一緒に歩いてお店を探した人が書いた文章だなって思いました。ものすごくうまい!とかではなくて、「ここの立ち食いそば、好きだったんだけどなあ」というすごく個人的な、淡い味への感情。 壹岐:僕も結局それしか書けないんですよ(笑)。続編も書けるように頑張ります! ●久住昌之 漫画家・音楽家。58年、東京・三鷹生まれ。法政大学社会学部卒。81年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名義で漫画家としてデビュー。以降、漫画執筆、原作、デザイナー、ミュージシャンとして活動を続ける。主な作品に『かっこいいスキヤキ』(泉昌之名義)、『孤独のグルメ』(原作/作画・谷口ジロー)、『花のズボラ飯』(原作/作画・水沢悦子)ほか著書多数 ●壹岐真也 60年、東京生まれ。『月刊PANJA』編集部時代に漫画「孤独のグルメ」の連載を立ち上げる。『週刊SPA!』編集部、文芸誌『en-taxi』立ち上げ編集長を経て、現在はフリーで編集、執筆を手がける (取材・文/牧野早菜生)
1
2
3
小説 孤独のグルメ 望郷編

井之頭五郎が小説になって帰ってきた!!

試し読みはこちら
孤独のグルメ2

男が一人で淡々とメシを食う姿を描いた人気ハードボイルド・グルメマンガ

●第2巻の第1話を無料公開中
おすすめ記事