濁流のなかを泳いだ、奇跡のクジラ標本

日々変わる被災地の風景。少しずつだが復興が進む一方で、このまますべてを消し去るべきでないとの声も上がっている。「惨劇を後世に伝えるモニュメントにしたい」――そう訴える側や被災地の住民たちはどんな心境なのか。関係者、そして現地の人々の声を追った。

岩手県山田町 【被災クジラ】
◆津波の被害を伝える施設として再開したい


マッコウクジラの骨格標本

世界最大級のマッコウクジラの骨格標本(左)。頭蓋骨や胸の隙間にも津波の跡が残る

「山田町はきっと再生する。このクジラがそのシンボルになってくれます」

 そう意気込むのは、岩手県山田町にある「鯨と海の科学館」の湊敏館長だ。同館のある浪越地区はほとんどの建物が津波によって流されたが、奇跡的に残ったのが同館と展示されていた全長17.6mという世界最大級のマッコウクジラの骨格標本だった。

「見てください。館内は廃墟と化しているのに、この標本だけはなんとか大きな損傷を逃れています。専門業者によるクリーニングを施せば、きっと元通りになります」

 標本は高さ3mほどに吊るされているが、完全に濁流にのまれたらしく隙間には木の枝などが挟まり、津波の凄まじさを伝えている。

 震災当時はリニューアル期間につき休館中で、館内に居合わせたスタッフは津波が押し寄せてくると、慌てて建物から飛び出し近くの高台に上って難を逃れたという。

「来館者がいなかったのは不幸中の幸いでした。しかし、私も含め住民は津波の危険性を忘れて緊張感を失っていた。今はみんな津波の恐ろしさを実感していますが、時間がたつにつれ、記憶が風化してしまうでしょう。そうならないためにも、何らかのシンボルが必要なんです」

 自治体の後押しも受け、今後、同館は単なる海洋博物館としてだけでなく、津波の被害も伝える施設に生まれ変わる予定だ。

「当館は長らく周辺地域の方々を中心に親しまれてきましたが、近年では来館者数減少に悩んでいました。けれど、不幸にもこのようにして復興のシンボルを得たことで、再オープン後は東北など近隣地域だけでなく日本全国、いや世界中から来館してほしい。リニューアルオープンは津波でダメになりましたが、私はそんなふうに前向きに考えています」

 建物の周囲にはいまだにガレキが山高く積まれ、撤去が終わらないことには再開は難しい。しかし館長はじめ従業員は、連日の修復作業に励む。シンボルの下、山田町と同館の力強い歩みに期待したい。

多数のこいのぼりの姿

GW期間中、同館には多数のこいのぼりの姿。だが、その周りはガレキの山に埋まる

― 震災モニュメントを残せ!【2】 ―




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