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元ガングロギャル、現在は“介護美容師”。渋谷に30連泊した過去も

 こんにちは、恋愛コラムニスト・恋愛カウンセラーの堺屋大地です。
ガングロギャル

高校時代のガングロギャル・かえるちゃん。ピンク髪がトレードマークでした

 渋谷カルチャーの象徴だった「ガングロギャル」が、ほぼ絶滅してしまってから久しいですよね。まだ「ギャル」と呼ばれる属性のコたちはいますが、真っ黒に日焼けしてド派手メイク&ド派手コーデのガングロギャルは、もうめっきり見かけません。  しかし、ガングロギャルがいなくなったからといっても、当然ですがガングロギャルをしていた女性たちは今もこの日本で生活を続けているわけです。ガングロギャルじゃなくなった彼女たちのその後は、意外と知られていませんよね。そこで今回は堺屋の友人の元ガングロギャル・かえるちゃんにインタビュー。ガングロギャル時代の思い出話と、現在ナニをしているのかを根掘り葉掘り聞いてみました。

ガングロギャル時代は週8で日サロ、30日間家に帰らず公園で野宿

 かえるちゃんは現在25歳とまだ若いです。20代中盤の世代だと、もうすでにハイティーンの頃にはガングロギャルブームは終わっていたのでは? 「ですね、とっくに黒ギャルブームは終わってました。でも私が小学生の頃、『GALS!』ってマンガがあって、その影響で憧れてたんですよね。ガングロで金髪で厚底ブーツってかわいいなって。私、地元が千葉なんですけど、小学生で初めて渋谷に行ったときも、マルキューのショップ店員がめっちゃかわいくて。そんなこんなでギャルデビューは小6でしたね。夏休みに初めて髪染めました。  中学で日サロデビューもして、千葉にあるギャルサーにも入って、パラパラ踊ったりしてました。そこからギャル化が加速したというか、中2、3の頃は、いわゆるマンバ。当時はフツーの黒ギャルもほとんどいなくなってたから、マンバなんかもう完全に絶滅危惧種でしたけど、先輩からアルバ(アルバローザ/かつての大人気ギャルブランド)の服借りて、顔を白ポスカで塗ってましたよ(笑)」  かえるちゃんが中3の頃は約10年前。確かに2010年にはもうガングロギャルもマンバもとうに廃れていた印象です。 「ぶっちゃけ学校にはギャルなんていないから友達できなくて、ギャルサーが自分の青春になってましたね。ギャルサーってただチャラチャラ遊んでるみたいに思われがちですけど、まぁ実際遊びまくってましたけど(笑)、意外と縦社会で部活みたいなんですよ。『お疲れ様です』『失礼します』とかの敬語もそこで覚えたし、意外と社会勉強だった気がする」
サー人

左から2番目が当時のかえるちゃん。サー人のみなさんと

 高校に入ってからも、「マンバ」というほどのゴテゴテにはしていなかったものの、ド派手メイクのガングロ強めギャルは継続。なんと「週8、9で日サロ行ってた」そうです。どういうこと…!? 「基本、毎日日サロ行かないと気が済まない、みたいな。あと、そのころは日サロがお風呂代わりだったんですよね。千葉に帰るのめんどくさいから、ずーっと渋谷にいたんですよ。30日連続で家に帰らないとかはヨユーでありました。寝泊りは友達の家に行くこともあったけど、友達のサー人(サークルの人)とだいたい公園で野宿とか。だから、日サロ行くとシャワー浴びれるから、それもあって毎日日サロ。  学校が渋谷にあったから、学校が終わったらとりあえずセンター(渋谷センター街)の「メッカ」(「プリクラのメッカ」)前に行くんですよ。別に誰ともアポってないんですけど、誰かしらいるんで、「メッカ」でずーとだべりながら座ってて。で、夜はヨヨコウ(代々木公園)で遊んで寝て、朝学校行く前に日サロ行ってシャワー浴びて。それがだいたい毎日続くんですよ。で、学校終わってからも日サロ行く日もあったから、週8、9で日サロ行ってたと思う。服はほとんど毎日同じで(笑)、下着だけマルキューで買って替えて。お金がないからゴハンはすき家のミニ牛丼。  あ、でも、たまに渋谷から離れるときもありましたよ。夏は海行きたいじゃないですか。だから始発で電車乗って江の島行って、3日間ぐらいは海で遊ぶとかやってました。電車賃ももったいないから、一回行ったら何日間かはずっといるんですよ。夜中フツーに浜辺にいて、眠くなったらそのまま寝るみたいな(笑)」  ちなみに、もちろんガングロギャル時代も恋愛をしており、同年代のサー人と付き合うこともあれば、駅員 兼 DJ をやっていた16歳年上の30代男性(!)と付き合っていたこともあるとか…。
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今はコスプレイヤー&介護美容師として働く
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